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12時開演!あなたが主役!
12時開演!あなたが主役!(1978年・S53・4月10日OA)CX 12:00-12:30

(1978年3月19日付読売新聞より引用)
【二枚目と共演☆あなたが主役よ】
フジテレビが4月3日からの「12時開演!」なる番組で週一回、一般女性を二枚目スターと共演させる「あなたが主役」という趣向を出す。二枚目の顔ぶれは石坂浩二、天知茂、竹脇無我、黒沢年男、志垣太郎、宝田明……ら。
これは司会の桂三枝が考えた。「今、カラオケブームで歌いたい人がいっぱいだが、一歩進めると芝居をしたい人が多いんじゃないか。それもあこがれの二枚目と」。この話に二枚目たちが飛びつき、石坂や天知は自分で脚本まで書いて来た。
「カラオケとうちゃんに負けてばかりいられない」という主婦やOLの方、美男と見つめ合う気分は悪くないですよ。応募してみてはいかがですか。宛先は(*略)。どんな役で出たいかを書き、上半身の写真を添えて。

(1978年6月9日付読売新聞より引用)
主婦がスターと共演
フジテレビ 「あなたが主役」
精神的な浮気してみたい
週300人も応募


茶の間の一般女性が本職の二枚目俳優を相手に思い入れ十分に演技するフジテレビ月曜の「あなたが主役」(「12時開演!」内)という番組が、なかなか好評。二枚目との芝居は5分30秒という短いものだが、しっかりしたミニ・ストーリーを作り、扮装を凝らしてロケ撮影するという本格的な“映画”だから、中身は濃い。番組を見て「あんなにきれいに撮ってくれるなら、私も」「一生の思い出に」と若い主婦層を主に、出演希望が局に殺到している。

☆宝田、石坂、天知が相手
ミニ映画の一編を紹介すると、宝田明と49歳の主婦木田幸枝さん共演の「春風のロンド」はこんな具合――。
新人モデルを捜すファッション界の有名カメラマン宝田の前に、美女のモデル、南ルリ(木田幸枝さん)が突然すい星のごとく現れた。宝田の撮る写真によって彼女は大評判になり、いつしか宝田に深い想いを寄せるようになるが、その彼には将来を約束した女性がいた!という悲恋ドラマ。49歳の木田さんが華麗なファッションで精一杯若返り、恋する人への熱くまた悲しい想いを懸命に演ずるのが見せどころだ。
応募者の相手をつとめる二枚目陣は、天知茂、石坂浩二、古谷一行、黒沢年男、志垣太郎……と、たくさん揃っている。
この趣向は、番組の司会者桂三枝が三宅恵介プロデューサーと話し合ううちに出てきた。「今カラオケ・ブームで男性は外で発散しているが、家庭の奥さんも何か発散したいものがあるのでは?いっそスターと芝居させたらこの潜在的欲求にこたえてあげられるのでは」というもの。

☆20代から30代の主婦
この考えを二枚目たちに話したら「面白い」と乗ってきて、石坂など自分で物語を作ってきた。
さっそく女性の出演者をテレビや新聞で呼びかけたら、番組を開始した4月初めこそパッとしなかったが、2、3回放送されるや、どっと出演希望者がふえ、今は1週に2-300通の応募が殺到するという人気。出演者は1カ月ごとに選ぶ。1000通あまりの応募から書類審査し、50人程度を集めて面接、この中から4人決定という狭き門である。
これまでの応募者を見渡すと、最年少は14歳の女子中学生、最年長は76歳のおばあちゃん。20代後半から30代の主婦層が中心で、応募の動機は「結婚して子供が出来、手を離せるようになったから、このへんで精神的浮気をしてみたい」というのが多い。
物語の注文についてもほとんどが「許されぬ不倫の恋をしたい」で、制作陣の予想は当たった。
望む役柄は「昔あこがれて、ついになれなかったスチュワーデス、看護婦、芸者」など。

☆ラブシーンもまとも
自分が演ずる役の性格については、自分と正反対のものを希望する人が多い。性格にピタリという場合でもユニークな設定を望む。
長門裕之の刑事に対し、不良少女役をすごいタンカを切って好演した33歳の久保道子さんは、本当はごくおしとやかな女性。
志垣太郎と共演した39歳の吉野アイ子さんはママさんバレーボールをやる人。はね回るのが大好きということで女忍者になり、敵の忍者志垣を愛しながら最後には決闘する大芝居をやった(この放送は19日)。
相手をする二枚目たちは、撮影にだいたい2日間のスケジュールをとるのだが、女性たちがあまり熱心なのでつい引き込まれ、日程を自分から延ばしてサービスする人もいる。志垣などは、台本打合せから撮影、音入れまで5日間もかけた。
志垣は「とにかく、吉野さんはラブシーンでも、目をまともに熱っぽく見つめてくるんで、こっちがドギマギしました。まさに“不倫の恋”にこちらも懸命にこたえちゃいました」と語っている。
こうして出来上がった番組を、出演した女性たちは親類、縁者、近所の人に大宣伝して、一緒に見るという。「主人が見て、ひやかしましたけど、ニコニコしてました。とてもうれしい思い出になりました」というお礼の手紙がスタッフの元へ来るそうである。

*天知回の映像(2本あるうちの1本。まだ倍率がそれほど高くなかったであろう1978年4月10日放送分?)をご厚意で拝見した(ありがとうございます>住田様)。桂三枝と水前寺清子がいるスタジオに、脚本・演出を手掛けた「非情のブルース」といういかにもなタイトル(でもあれは他局なので非ライという言葉は出ない)の台本を手にしてお相手と登場。お相手は芸者希望の37歳主婦の方。柔道初段・剣道三段の“猛者”であるためか、お辞儀の際の手のつき方が前でなく真横で「押忍!」ってな感じだった、なんていう裏話をスタジオで披露した後で映像が始まった。天知茂と37歳主婦共演の「非情のブルース」はこんな具合――(真似)。

ネオンきらめく夜の街にたたずむ刑事(ほぼ会田:天知茂)。とある料亭を見つめながら、内ポケットから取り出してデコピンしたのは指名手配犯・三枝五郎(=桂三枝)の写真。これから刑事は、逃亡中の彼がコンタクトを取ったであろう情婦の芸者に接触を図ろうとしているのだ。

部屋に来た芸者・豆奴(お相手)にお酌をしてもらい良い雰囲気になりながら、三枝の件をさらりと持ち出す刑事。驚く豆奴の耳元で、あの男には他に女がいる、君は利用されているだけなんだと囁く刑事に折れる豆奴。

そしてラスト、天っちゃん本人が歌っているっぽいブルース(「昭和ブルース」ではなかった)をバックに、空っぽの部屋で「生まれたときが悪いのか…」と脱力する豆奴と、外でタバコに火をつけながら「それとも俺が悪いのか…」と呟く刑事が映っておしまい。

ナレーションに北町嘉朗さんを配し、5分程度の映像ながら非ライ風に渋くまとめた作品に仕上がっていた。シロウト丸出しの豆奴さんを相手に会田演技をしてのけているところがさすがである。

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歌のダイヤモンドショー
歌のダイヤモンドショー(1966年・S41・10月22日OA)TBS 15:00-16:15
出演:浅丘ルリ子、藤巻潤、天知茂、曽根晴美、久美悦子、志摩ちなみ
(朝日新聞東京版より引用)

*当時はフジ系で「事件記者」「土性っ骨」の2本にレギュラー出演中だったが、土曜午後のTBSでの歌番組に“歌手”として出演した模様(確認できた中では、今のところこれが初めてかと)。

この年はシングルを4枚出していて、時期からいうと主演かつ企画映画『「空白の起点」より 女は復讐する』(10月15日公開)の主題歌(「空白のブルース」)、あるいは10月24日からTBSでOA予定のドラマ「赤い殺意」主題歌(「女心よなぜ赤い」)を披露したのかもしれない。

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素敵なこの人 [3](終)
素敵なこの人 (1983・S58・9月19日OA)

[2]の続き)

喜田晋平(以下、喜):いやいや、どうもどうも!

天知茂(以下、天):お久しぶりです。

檀ふみ(以下、檀):どうぞ、お座り下さい。

喜:何を話しまんね。(画像) *喜田さんは関西弁

檀:大部屋時代の臼井青年は、どんな感じのかたでしたか?

喜:どんなてアンタ、アンタ今「臼井(ウスイ)」いいましたけどな、影のウスイね、…

天:(笑)

喜:そんなもう、いるかいないか分からんようなね。だから僕らよう言うてましたよ。もうウスイウスイ、影がウスイてね。そういう人だったですよ。

檀:だって、あのほら、私ちょっと昔の写真拝見しましたけど、非常な二枚目でいらっしゃった…(二枚目画像1画像2

喜:ええもう、まあねえ(笑)いやいや、その当時はねえ、ほんま影うすかったですよ。うん、もういるかいないか分からん。

檀:ぜんぜん、その、要するに、将来スターになるかなんて…

喜:そんなもん、ありますかいなアンタ全然。ほんとにほんとに。今はもうねえ、素晴らしい人ですよ。でもその当時はねえ、僕の方が出世すると思てましたからな(笑)そうそう、アンタまたよう勉強(べんきょ)しまんねんこの人。(大部屋時代の二人の画像

檀:ここ(山本さんへの手紙)に書いてあった内容見ました。映画のことばっかり。

喜:そうそうそう、だからね、ワシがもうね、眠たいでしょ夜ね、でこの人がね、…キネマ旬報の後ろにさ、有名な映画のシナリオがあるでしょ?

檀:ああ、全部載ってる。

喜:そうそう。それをこの人が夜また、ぼとぼとぼとぼとと台詞を喋るわけですわ。

檀:練習なさってるわけですか、台詞を。

喜:ワシがもう眠たて「もうはよ寝えな、出世はアンタ出来ないんだから」と(笑)ね、一言もそんな台詞なんかもろたことないんやから、今からしたってアカンアカンと。

檀:影うすいんだから?(笑)

喜:そう、影うすいんだからダメだっちゅうて。

檀:でもその当時は、台詞とか喋るチャンスはあったんですか?

喜:そんなもんありますかいなアンタ。一言もあれへんがね。

檀:だってそのために勉強なさってたわけじゃないんですか?

喜:いやまあ、そら将来ということを考えていたんでしょうなあ。

檀:ずうっと将来に…

喜:とにかくまあ檀さん聞いて。とにかくね、この…キャバレーでなくて…喫茶店でさ、ボーイで、…ボーイやな?(天知さんに確認) (画像)*写真は「地獄の血闘」(1951)らしい。左は主演の鶴田浩二さん

天:うん。

喜:お喋り一言も無し、ただお盆持って、水入れてさ、持ってくだけや。「いらっしゃいませ」って、言うか言わんか分かんないけど。

天:言ったよ、一応あれ。

喜:言った?

天:うん。

檀:よく覚えてらっしゃる(笑)

喜:やっぱ覚えてんねん、ショッキングやったんで。…こう(お盆をもつ真似して)ガタガタガタガタ…って、(天知さん)震えてんだね。ねえ、今の天知さんとは思いもつかんでしょ。震えて。ほたらこう、録音が「ププーッ、なんじゃ今の音は! カーッ! 臼井君? うーん代われ代われ! ああ、お前やれ!」ってワシ。「いらっしゃいませ」で「オッケー!」で、(彼の)出番はパー。

檀:そのへんちょっと待って下さい(笑)あの、天知さんにもちゃんと伺っておかないと。いかがだったんですか?

天:そうそうそう、その通りです。

檀:その通り。もうあがってしまって、緊張してしまって。

喜:影がうすいんだから、とにかくもう(笑)

檀:あらそうですか。それでそういう生活を送りながら、そんなに割と、生活も貧しくて…また、大病をなさったのも、その当時なんですか?

天:そうですねえ。夏のねえ、暑い時でしたけれどもねえ。京都ってのはまた暑いでしょ?

檀:ええ、夏は非常に。その当時のお話も、ちょっとお兄様に伺ってますので、…

天:そうですか。

檀:ちょっとお聞きください。

VTRの薫兄さん:肺炎でしょうかねえ。40度の高熱が続くと。ところでまあ思い出しますと、当時1本1000円という…ペニシリンですか、あれをねえ、7本打つと。で7000円の大金をですね、昭和20…何年でしょうか、22年か3年ですからねえ。まあ今思ってぞっとするような大金だったと思います。もうほんとにねえ、当時寿司屋やってましたからねえ。売り上げをね、その日の売り上げをひっさらえてねえ、また送るというようなことをやった覚えがありますね。まあそれでもとにかく、命は助かったということでね、非常にまあ嬉しかったですねえ。

川瀬さん(以下、川):みんなあの、お酒が好きなんですよ。だから見舞いに行ってね、見舞いはもうどちらでもいいからね、…

檀:名古屋からいらしたんですか?

川:そうですそうです。

檀:京都まで、お見舞いにいらして。で、何なさったんですか?

川:夜ね、飲みに行くんですよ、毎日ね。で2時か3時くらいに帰ってくるんですよ。ほんで彼、ウンウン唸っているのにね、わしらだけぐーぐー鼾かいて寝てるもんだからね、彼のお袋さんに叱られましてね(笑)

天:(笑)

川:あんたたちは何しにきたんだ一体、と叱られたことがあるんですよ。

檀:お母様はその時…

天:ええ、もう付きっきりでした。 (お母様との画像

檀:そうですか。…そういうお母様も、4年前でしたか、お亡くなりになられて。

天:そうですねえ。ええまあ、これ…ひとつの因縁っていえば因縁なのかもしれませんけど、ちょうど僕が役者になって30年目の年だったんですね。でまあ、30年目だからというので、30周年というような形で、東京と名古屋と大阪で、なにか催しをやろうというような計画を立てている時に、ちょうど息を引き取っちゃったんですけどね。

檀:死に目には、お会いになれたんですか?

天:会えなかったんです。それでその、2日ぐらい前に、もう危ないんじゃないかって兄貴から連絡があったんで、行って、そのときにはもう、意識は無かったんですけれども、まあ、手を握ってね、それで…それで、お袋ってのは、僕が役者になりましてね、まあ京都時代は「臼井」でしたけれども、「天知茂」という芸名…これは新東宝に入ってからですけど、そうなりましてからっていうのはね、それまではもちろん「登(のぼる)、登」と呼んでたわけですが…芸名でね、必ず呼ぶんです。

檀:「天知茂」におなりになってから。

天:ええ、「天知、天知」ってね。…で、まあそのときも、「天知だよ」と僕が言って、…んー、言ったんだけど、まあなんとなく分かったのかな、分からないのかな、ってそんな感じだったんですけどね。でもまあ大丈夫だろうと思って僕が東京へ帰ってきて、帰ってきた途端に電話が掛かってきましてね。それがね、ちょうど僕のテレビを、…放送が始まったときだったんです。で、電話が兄貴から掛かってきたときは、ちょうど僕のタイトルが出てるぐらいのところで、電話が鳴りましてね。…ですから当然名古屋も同じ番組をやっていたはずですから、ちょうどその時に息を引き取ったっては、なんとなく因縁っていいますかねえ。 *別記事によると、お母様が亡くなったのは1979年3月6日、「僕のテレビ」とは、「柳生一族の陰謀」#22(宮本武蔵役)。

檀:まあでも、お母様がそういうふうな道に進ませたも同然であったし、…

天:ええ。

檀:でも、よかったといえばよかったというのは、ちゃんとその、立派になられたところを、ご覧になってらっしゃったから…

天:そうですねえ。まあそれとね、亡くなる10年くらい前から、足を悪くしましてね、お袋は。ですから、あんまり歩行は出来なかったので、東京へ来るっていうこともあんまりなかったし。ですからなんとかね、名古屋でね、舞台をやろうと思って。で、それはまあ、もちろん、お袋のためだけではないんですけども、お袋にやっぱり見せたいと思って、それで名古屋の御園座って劇場で、ずっとその頃お芝居をやってたんですよね。

喜:役者になったの18でしょ、18から未だかつて初志貫徹、全然変わらない。思い遣りとかね、そういうことがほらもう…全然狂いがありませんな。

檀:初志貫徹といえば、その男のロマンである映画作りであるとか、そういう夢を持ってらして、なんか今、映画を…

天:ええ、そうなんです。まあ役者ってのはどうしてもね、一度はなんかこう自分の手で作りたいとか、なんかそういう夢って必ずあるものなんでしょうけども、僕の場合も、勿論ずっとあったんですけれどもね。ただまあ、映画作りというのは、決して一人での仕事ではないし、沢山の仲間があって初めて成り立つ仕事だから、自分だけの気持ちだけでやっちゃいけないと。…たまたまねえ、日本人ではなくてね、スペインのねえ、俳優でもあり、そして監督もやるっていう、ポール・ナッチーっていう男がいるんですけども、その男とたまたま6年ぐらい前に僕はあの…東京でね、ある人の紹介で、知り合いましてね。それで約6年間にわたって、向こうが日本へ来たり、僕がまたスペインへ遊びに行ったりというような機会を利用して、交流を深めていって、それでお互いまあ映画人なんだから、なんか一緒に作ろうじゃないかという話を育ててきましてね。それで今年、やっと実現させたわけですね。(画像)

檀:じゃあスペインとの合作映画…

天:そうですね。ですから、まあ、僕はこの道が好きで役者になったし、その好きだっていうのはもう、昔も今もまったく変わりがないんですね。ですからまあ、そこ(手紙)になんて書いてあるか分かりませんけども、それと同じ気持ちが未だにやはり失わずにある、っていうことだけは言えると思うんですねえ。だからこの好きな世界の中で、自分をいろんな意味で試していく、自分の可能性を試していく、で、絶えずなんか新しいものにも挑戦していくという気持ちだけは、…(ここでクレジットが終わって終了。ちと喋りすぎです天知さん)

*緊張の余りガタガタ震えて出番をかっさらわれたり、そういうほろ苦い経験を積んであの眉間(だけじゃないけど)ができ上がったんだなあと思うと感慨深い。でもそれで最後はポール・ナッチーに行きつくのはなんだかなあ、だが(失礼)

*喜田晋平さんは美女シリーズなど、天知作品のどこかを探せば出てらっしゃる人だが、例の「日傘の女」では堂々(?)の主役を張っている。

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素敵なこの人 [2]
素敵なこの人 (1983・S58・9月19日OA)

[1]の続き)

檀ふみ(以下、檀):ご紹介いただけますでしょうか、防空壕仲間を(笑)

天知茂(以下、天):えー、川瀬くん、長瀬くん、山本くん。 (画像)

檀:この中で、臼井少年を「こっち来いよ」とお呼びになった方はいらっしゃるわけですか?

川瀬さん(以下、川):いや、この中にはいないと思いますよ。

檀:じゃあ、今全然お分かりにならない…

天:思い出せないんですよねえ。

檀:じゃあもしかしたら、天の声かなんかで引っ張られたのかもしれない…

天:なんかそんな気もしないでもないですねえ、今にして思うとねえ。

檀:だって、その時に命が無くなってたかもしれなかったんですもんね。

天:そうなんです、ほんとに。ですからこれだけは、運命の分かれ道なんてよく言いますけどね、まさにその通りですねえ。

檀:学校ではどんな具合だったんですか、この臼井少年は。

川:おとなしかったですね。

檀:おとなしかった、静かだった。

川:文学少年ですよ。

天:ふふ(タバコ吸いながら照れ笑い)

長瀬さん(以下、長):目立たないね。

山本さん(以下、山):非常に真面目な方で、あのー、目立たない…

檀:お体もあんまりお強くなかったし。

山:ええ、そういうことですね。

檀:何か特にお出来になった科目とか、出来なかった科目とかは…?

長:国語がね、得意でね。ま、暗記力はすばらしく、まあできとったですね。

檀:暗記力が抜群。国語が得意。

長:国語の試験のときにね、答案用紙をね、(臼井君は)すべて書いてね、私はやることないからそれを失敬してね、それを出した覚えがあるんですね。

天:(笑)

檀:ちょっと待って下さい(笑)、ちょっと話をよく飲み込めないんですけども…この話は、ひょっとして…大変お出来になる、国語が、天知茂さん…臼井少年は。そして長瀬さんはあまりお出来にならない。皆さんどうだか分からないんですけど、そうすると、元試験用紙だったのかしら?

天:まあつまり、カンニングですよ(笑)

川:だからここ(中央)に臼井君がいるでしょ、この周りに私達が机並べているわけですよ。それでみんなの答案用紙をね、回しちゃって。だからね、この人(臼井君)が間違ってると、みんな間違っちゃうの。

(一同爆笑)

檀:じゃあ皆さん、国語の成績は良かったんだ、きっと。

長:そうですねえ。

檀:でも、当時から暗記力がいいということは、つまり、今は台詞を覚えたりしなきゃいけないから、大変…

長:ま、今日あるのも、国語が出来たせい…暗記力が抜群だからここにいる…まあ、現在の天知さんがあるんじゃないですか。

天:(笑)

檀:そして、戦後になりまして。臼井少年は、松竹に入りまして、大部屋時代を送るわけなんですけれども、その大部屋時代のお話は、お知らせを挟みまして後ほど伺うことにいたします。

+ + +

檀:その、松竹に…京都の松竹に…?

天:そうですね、…

檀:松竹の、京都撮影所にお入りになったんでしょ?

天:当時、松竹下加茂撮影所っていったんですね。

檀:昭和24年?

天:うん、24年です。

檀:そして、大部屋時代をお送りになるんですけれども、なんかチョイ役もチョイ役、大変なチョイ役ばかりだったという風に…

天:要するにねえ、役というところまでいかないんですよ。だからチョイまでもいかないわけですけどね(笑)つまり、僕たちの言葉でいうと「仕出し」といいましてね、通行人とかね、そういうのが…

檀:あの、すっと通り過ぎてしまう…

天:そうですそうです。

檀:…(そんな)役をずっとなさっていたわけですね。それが、しかしそういう役に出会ったにも関わらず、お友達に見るようにと、せっせとお手紙を出してたというお話もありますけれども(笑)

天:(笑)

檀:そのへんのところはいかがなんでしょう、山本さん。ご記憶はありますか?

山:ええ、私はよく手紙をいただきましてね、よく見に行きましたんですけど、まばたきしますとね、もう画面から消えてるわけですね。

(一同笑)

檀:どこに出たか分からない…(笑)息が抜けないでしょ、最初から最後までいつ出るか分かんない、まばたきするうちに消えてしまうなんて…

山:だからもう、目をね、開きっぱなしにしとかないといかんものですからね。

長:それもね、2、3回ね、寿司屋の兄さんと見た覚えがあります。

檀:お兄様とご一緒に?

長:はい。

檀:2、3回、まばたきする間に消えてしまうのを…

長:鬘かぶって、こういう(顔を上げる仕草)…2、3カットをね、2、3回みたことがあります。

(一同笑)

檀:でも、馬鹿らしくなってきませんか…? いかがですか、川瀬さんは。

川:そうですね、…

檀:なんか、その、お金を払って…

川:まだ、体全体が映ればいいんですけどね、足だけのときがあるんですよね。

(一同笑)

川:足なんて見たってぜんぜん分からないでしょ。それなのに彼はあの、せっせと…(*聞き取れず)に書いてね、見てくれ見てくれってね、送ってくるんですよ。

檀:そうですか。でもお母様は、献身的にご覧になったっていう…

天:お袋は…なんかね、初めて映ったとき、もうそれなんかはね…お坊さんなんですよね、通行人でね。 *おそらく「森の石松」(1949年)

檀:お坊さんというと、どういう…?

天:あのー、こういう…(頭の周りに手で笠をつくる)

檀:虚無僧?

天:うん、網代笠っていうのかな…

檀:こういうの(同じく笠をつくって)…顔が見えない?

天:そうそう、見えない。なんだけど、なんか10回だかなんかね…見に行ったらしいんですよ。

檀:それは、天知さんがやっぱりお手紙をお書きになって。

天:そうそうそう。もちろんそうですけどね。

檀:どういうお手紙で? あの…

天:うーん、あんまりそのへんは定かじゃないんですけども…

檀:こう、だって、分からないでしょ、こういう役で出ます、こういうシーンで、ここに出てるのが僕ですとか…

天:まあ、そういうようなことでしょうねえ。

檀:その貴重なお手紙がね、ひとつだけここに…

天:ええ!?

檀:…残っているんですよねえ(手紙を取り出す)。これ、山本さんに届いたお手紙なんですけど…臼井登さん、たちばな荘より。

天:よく持ってたねえ!へえー(笑)

檀:すごく達筆というか、素晴らしい字で…まだお若いのに、お上手な。これね、ちょっと先程読ませていただいたんですけれども、ちょっと最初の方だけ読んで、後は掻い摘んでお話いたしますが。

『お手紙有難うございました。その後もお元気にて何よりです。小生も元気いっぱい仕事に…といっても、今撮影中のものは「薔薇合戦」だけで、同時に3本入っている時に比べれば暇なものです。仕事の無い日は読書、映画鑑賞にその日を送っています』

…と書いてありますけども、これも、3本入ってたといっても、やはりそういう、通行人的な役だったわけですよね。

天:もちろんそうですよ。

檀:で、ずーっと後は、日本の…これ、ご興味あったんですか、山本さん?

山:ええ、私もその当時はまだ若うございましたから、はい。

檀:…ご興味あって。もうずーっと日本映画について色々書いてらっしゃるかと思うと、イタリアのリアリズム!

天:あはは(笑)

檀:そして、フランスの映画について。もう、世界的な視野で、映画について最後まで語ってらっしゃいますけれども。『日本映画前進のために、勉強していく決心です』

天:すごいねえ(笑)

檀:ねえ、素晴らしい。

天:後で読まして?これ(笑)

檀:こういう、凄く映画青年でいらして、その当時に苦楽を共にしました、大部屋時代仲間の方を、今日はお一方、お呼びしておりますので。えー、どうぞ、お入り下さい。

「3」に続く)

*同級生が出てくると顔が綻んできて(だいたいこんな感じ)、ひときわ高い声で嬉しそうに笑ってた天っちゃんが微笑ましい中盤部分。山本さん、私にも読ませて下さいその手紙。

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素敵なこの人 [1]
素敵なこの人(1983・S58・9月19日OA)

*聞き書きその1

檀ふみ(以下、檀):ニヒルで冷徹なハードボイルド役ならこの人。テレビで冷たさの中に甘さを漂わせ、女性の心をとらえて離さない。今夜の「素敵なこの人」、天知茂さんです。どうぞ、本日はよろしくお願いいたします。(画像)

天知茂(以下、天):どうも。 (画像)*歯の浮くような紹介台詞に戸惑い気味

檀:天知茂さんは昔、俳優生活をスタートしたばっかりの頃に、大変な下積み時代というか、大部屋時代があったと伺いましたけれども。

天:ええ、ありましたねえ。

檀:そしてまた、九死に一生を得たことが二度ほどおありになるとか。

天:ええ、まあ、今となればどうってことない病気なんでしょうけどね、終戦直後でしたからねえ。肺炎ってのになって。

檀:そういうお話を今日は、大変お若かった頃の下積み時代とか、大変お苦しかった時代のお話を伺いながら30分過ごさせていただきたいと思っています。どうぞよろしく。

タイトル「無名の青春 夢に生き、生命燃やして」

+ + +

檀:天知さんは、最初から俳優になりたかったわけですか?

天:うーん、あのねえ、僕自身がまあ、なりたいっていう、もちろんそれもありましたけれども、僕のお袋がね。僕、名古屋なんですけどね、生まれも育ちも。名古屋は芸どころっていうでしょ。

檀:名古屋のかたっていうのは、芸事がお好きなんですか。

天:うん、だから別にその、プロになるとかならないとかって関係なく、踊りだとか、お三味線とか、そういうものを習わせるっていうのが割に一般的にあったわけですよ。

檀:ああ、土壌として。

天:うん、で、お袋が大変そういうことが好きでしてね。お袋自体が…これはもう、うんと古い話ですけれどもね、明治時代の話だけれども…娘義太夫ってのがね、大変はやった時代があるんだそうですよ。今でいえば、ロックみたいなもんなのかなあ(笑)で、その娘義太夫…「太夫」っていうんですけどね、その太夫に、お袋がなりたかったみたいなね、夢があったわけですよ。

檀:夢を果たせなかった。

天:それをまあ、いわば僕に賭けたっていうのかなあ。

檀:ご兄弟は何人かいらっしゃるわけなんでしょう?

天:ええ、兄弟は4人いましてね。その僕は末っ子なんです。

檀:えっと、どういう…? 男、女はどういうふう…?

天:全部、男なんですよ。

檀:全部男の子で、全員にお母様は習い事を?

天:いや、僕だけ。っていうのはね、僕はお袋の大変遅い子でしてね、40…いくつの子なのかな。とにかく大変遅い子なので、生まれる前は女の子であったらと思ってたらしいんですよね。上3人が男でしょ。だからせめて最後は女、って風に思ってたわけなんですね。

檀:じゃ、女に生まれるように女に生まれるようにって?(笑)

天:もし女に生まれてきたら、踊りをやらせようとか、…

檀:娘義太夫にさせようとか(笑)

天:そうそう(笑)で、そんなことを思っていたら男だった、と。んー、なんだけれども、なんか、男なんだけどいいや、ってんでね(笑)それでそのまま、そういうこと習わせろ、みたいなことになって。

檀:どんなものを習ってらしたんですか?

天:いやー、僕はね、定かじゃないんですよそのへん、はっきりいって。はっきり覚えている頃には、なんかもうやめちゃってた、ってこともあるんですけども。まだ小学校に入る前にね、日本舞踊だけはやってたみたいですね。っていうのは、そんな写真が残ってますから。それでね、今の七代目の菊五郎さんじゃなくて、六代目の菊五郎さんのところへ、弟子入りをするっていう話があったんですよ。

檀:本格的なんですね、結構。

天:そう、それもある人の紹介がありましてね。すっかりおやじもお袋もそういう気になって。で、あわやもう弟子入りっていう寸前までいったんだけれども、結局それはねえ、まだそんな子供だから、誰か…お袋ならお袋が、絶えずついていかなきゃいけないってことですよね。だから、それも大変だというんで、結局その話は、いつのまにかご破算で。これはだけど、僕は実際には知らないわけですよね。

檀:でも、もしそういうふうになっていたら、今頃は…

天:そうなんですね、歌舞伎のほうでね(笑)ですからまあ、そんなような話は後になってなんとなく聞かされたりなんかして、なんとなく役者に役者に、という意識が絶えずあったことはあったんですね。

檀:お兄さま方は、何をなさってらっしゃるんですか?

天:うちの家業が、最初は自動車の…タクシーですね、今でいえばね。それで、僕が生まれた頃は、タクシー会社をやってたんです。それから寿司屋になっちゃったんですね。ですから、兄貴たちはお寿司屋を手伝ってたんです。

檀:そのおひとりのお兄さまから…今、写真屋さんをなさってらっしゃるお兄さま、ですね。お小さい頃の天知さんのお話を伺ってまいりました。

VTRの薫兄さん(画像):あのー、弱いんですねえ、とにかく。生まれ落ちからですねえ、なんかひ弱で。いわゆるその、病気はやるし、もうとにかくねえ、いつまで生きるかわからないっていうぐらいね、弱かったですね。ですから、あの弱い弟がですね、頑丈にですねえ、堂々とした体躯でもってね、不眠不休でやっててもバテないっていうね。誠に不思議だと思いましてね。小学校に入る前、とにかく弱いもんですから、お袋も非常に気を使いましてね。小学校の1年生に入学してもね、とても1人では行けないもんだから、とにかく授業が終わるまで、学校でね、廊下で待ってると。まあ雪が降っても雨が降ってもね、お袋もえらかったと思う。1年間とにかく耐え抜いてやってきたんだから。たいしたもんだと思いますよ。それがまあ、だんだんこう、成長するに従いましてね、写真にもございますけれども、丹下左膳の格好はするわね(画像)、雪之丞変化の格好はするわね(画像)、安兵衛の格好はするわっちゅうんでね(画像)、映画見てくると、必ずうち帰ってきてね、再現するんですね。そのままの格好でね、山口町の町中を歩くわけですよ。だからもう近所でもね、有名人ですよ(笑)ほれまたあの小ちゃな役者がきた、とかいうことでね。

天:フッ(照笑)

檀:ほんとに役者になるべくしてなったというか…

天:でもね、ああ言ってるけども、そういうふうにしちゃったのは、親兄弟ってとこもあんですよ(笑)

檀:お兄さまも大変、お年が離れてらっしゃいますか? 可愛がってらしたような…

天:そうですよ、ですからまあ、兄っていうよりは…親父が戦後すぐに亡くなりましたから、そういう意味で、親父がわりっていうこともありましたね。

檀:で、また、お体が弱くて。ちょっと想像もつかないけれども。天知さんぐらいのお年だと、戦争のときはどんなふうに…?

天:いやもう、これは大変でした。中学でしたけれども。まあ、中学の1年はなんとか満足に学校行ったんですけど、2年生の2学期のときでしたかねえ、だんだんもう、戦争が激しくなってきて。学徒動員というのがあったんです。

檀:働くんですか。

天:ええ、いわゆるあの、飛行機を作るとか、軍事工場という工場に学生全部が行って、働くということになって。僕らは三菱発動機という工場へ…名古屋ですけど、働きに行かされてたんですね。そのときに大変な空襲がありまして。

檀:名古屋も空襲がひどい時期っていうのがあって。

天:ええ、こりゃもう大変でした。B29という爆撃機ですけども、80機ね。その三菱発動機ってのは大変大きな工場でしてね。まあ名古屋には軍事工場ってのは大変多かったんです。

檀:特に狙うんですか。そういう工場を。

天:工場に80機きたんですよ。まあいくら大きな工場だとはいえね、80機が全部、その工場を叩き潰すためだけにきたわけですから。それがもう、名古屋のまったく初めての空襲でした。

檀:どうなさったんですか。

天:それはもうねえ、空襲の怖さなんて何も分からない訳でしょ。話に聞いたりっていう程度ですから。…ですから僕らは、防空壕からね、なんとなくこう顔突き出して、…

檀:それはもう、空襲警報があって、防空壕にいらした…

天:それがね。防空壕といえば…僕たちの、まあ5〜6人ずつ入るグループになっているわけです、防空壕というのは。広場にたくさんあるわけですけれども。たまたまねえ、空襲のあった日、僕たちのグループの防空壕が雨漏りをしてましてね。まあ当然、ほかのとこ入らなきゃいけないわけです。沢山あるわけですから。たまたまねえ、ひとつのところへ僕入ろうかなと思って片足まさに突っ込んだんですね。そのときに、その、ひとつの防空壕の方から、「おーいこっち来いよ」と呼んでくれたんです。

檀:誰が…?

天:それが誰だかはっきり分からないんです、未だに。それで、呼んでくれたんで、とにかくまあそっちに移ったんです。それからまあ空襲になっちゃったんです。ぽんぽんぽんぽんと爆撃になっちゃいましてねえ。それで、僕の入った防空壕も生き埋めっていうか、ドアが開かなくなっちゃったわけです。

檀:すごい空襲だったから…

天:はい。それでまあ、やっとなんとか出て来たら、最初に僕が片足を入れた防空壕には直撃弾が落ちて、もちろん、大きな穴ぼこだけで。

檀:亡くなった方は…? みんな亡くなって…?

天:ええ。

檀:ご存じの方もみんな亡くなって…?

天:そうですね。ですから、たまたま僕は、片足を突っ込んだときに、誰か呼んでくれた、それがだから…

檀:お名前を呼ばれたわけですか?

天:そうです。『おい臼井(ウスイ)こっち来いよ』…臼井ってのは本名ですが、こっち来いよ、ってふうに呼んでくれたんで。さてね、それが誰だったのか、はっきり今ね、申し訳ないんだけれど、思い出せないんですよね。

檀:あの、当時の防空壕仲間に(笑)今日いらしていただいていますので…

天:名古屋から!?(笑)

檀:ちょっとお話を伺ってみたいと思います。どうぞ、お入りになってみてください。

[2]に続く)

*珍しいトーク番組の前半(3分の1)部分。空襲のくだりはシリアスな話なのだが、結構客観的かつ淡々とした語り口だった。

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メイコのごめん遊ばせ
メイコのごめん遊ばせ(1964年・S39・6月1日OA)NET 21:45-22:00

(読売新聞1964.6.6「放送塔」より記事引用)
【天知茂の役者根性】
一日夜のNET「メイコのごめん遊ばせ」は、天知茂との対談だった。その中で彼は、長女をはじめて幼稚園へ送っていった日は、一日中気持ちがよかったと話していたが、ニヒルな役の多い彼からは、とても想像できないことだった。世の男性の多くは、子どもの世話をすることが恥だぐらいに思っている人もいるだけに、聞いていてとても心温まる思いだった。私生活とは正反対のニヒルな役を、りっぱに演じる彼こそ、ほんとうの役者根性の持ち主ではないかと思われた。最後に、メイコの話しじょうず、聞きじょうずにはいつも感心させられる。東京都八王子市・Sさん(26歳・主婦)

*中村メイコさんがホステスを務める対談番組。何をしゃべっていたのかと思えば!パパの溺愛ぶりがうかがえて微笑ましかった(主婦のSさん有難う!)

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今宵をチャオで
ファンキーパレード 今宵をチャオで 「大学のお姐ちゃん」(1960年・S35年・11月8日OA)NET 19:30-20:00

出演:岡田真澄、中島そのみ、ポール聖名子、田代みどり、北沢典子、天知茂

*バラエティ(トーク・音楽番組など)への出演情報は未開拓領域だが、「光秀反逆」(1961年)以前のドラマの有無を縮刷版にて探索中、ひっかかってきた作品。ファンファン(たぶん司会)はともかく、歌手の方々に混じってテンコさんと果たして何をしていたのか、非常に気になるところだ。映画の番宣なのか?(しかしもう宣伝するほどの映画は撮っていないはず←暴言) 曲の薀蓄でも語るのか? それともまさか唄うのか? もしくは歌手のバックで踊るのか? 誰か詳細教えて下さい!

*ちなみにこの週のみのゲスト出演。

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オールスター春の番組対抗ボーリング選手権(1983)
'83 オールスター春の番組対抗ボーリング選手権 (1983年・S58・3月23日OA)

かろうじてリアルタイムで見た記憶があった映像を、ご厚意で見せていただいた。

【まずは始球式】
桂三枝&松原千明さんの司会で、テレビ朝日の人気番組・12組の出演者(総勢150名)が一同に会す(ピチピチのスクールメイツがレーンで乱舞する)豪華なオープニング。クレジットの先頭で「特捜最前線」と並列で「土曜ワイド劇場〜白い素肌の美女」のメンバー(天知茂・荒井注・高見知佳・小野田真之・叶和貴子・美池真理子)の名前が流れるが、入場は中間あたり。両脇と襟が白い黒シャツ&ややハイウエストのズボンといういでたちで、プラカード持ちの小林くん(=小野田さん)の後ろではなく横を歩いている天っちゃん、三白眼だが眉間が広い

二谷英明さん@特捜の開会宣言、松平健さん@暴れん坊IIの選手宣誓ときて、始球式で天っちゃんご指名。大勢の期待を背負ってさらりと投げた球は、コースは良かったものの3本ほど固まって残してしまい、ちょっぴり溜息を誘う

【本戦開始】
土ワイチームは最終Cブロック、まだひたすら爽やかな松平健さん率いる「暴れん坊将軍II」、東八郎さんの「爆笑ドットスタジオ」、筑紫哲也さんやら安藤優子さんやらの若き姿もみえる「司会者チーム」との対戦。「いやあ、なにしろ久しぶりなもんだからどうなりますやら」と朗らかに(眉間も広いままで)インタビューに答えるその直後に、声も顔もまるで別人のような明智センセイ@白い素肌の美女の番宣映像が流れるあたりのギャップが可笑しい。

龍虎さんや横内正さん、はたまた爺こと有島一郎さんがストライクを連発しトップを走る暴れん坊チームに比べ、「奇麗なフォームですねえ」などと審査員の先生の熱いまなざしを受けながらストライクどころかスペアが取れないキャプテン(=天っちゃん)のせいで土ワイチームは苦戦(「足ひっぱる人もいますしねえ」と名指しされて恐縮していた注さんや知佳ちゃんは着実にスペア)。10フレームでも「ダブルで逆転ですよ」と先生から期待を込めたコメントを貰いながら7本止まりで(2投目、明らかに別方向へ球が転がってしまい、投げてしばらくは止めたままの右手を早々にくるくるっと回して背を向けて)2位に終わってしまった。

【敗者復活戦】
3ブロックの敗者9チームの代表者(むろん土ワイチームは天っちゃん)が、1本づつ立てられたピンを倒すというルールで、まずは中央・1ピン倒しで半数ほどが脱落。続く左端・7ピン倒しでは投げた後にバランスを崩してコケかけるという大変レアな動作を見せてくれた天っちゃんだがかろうじてクリア、他にも山内賢さん@あばれはっちゃくチーム・肝付兼太さん@アニメチーム・野村沙知代さん(ノムさんの代理!)@司会者チームの4チームが残った。

次の右端・10ピン倒しを皆さっくりとクリアしたため、中央8・9ピンのスプリット倒しとなる。山内さんが1本残し、肝付さんが外して3人目の天っちゃん、ギャラリーてんこもりの中、生真面目な顔で(でも眉間は広いまま)非常にじっくりとリズムをとったあとでテンポよく投球。脇をくすぐられた8ピンが9ピンにしなだれかかって見事クリア! それまで意外に上手かったサッチーが外したおかげで、土ワイチームが決勝進出を決めた。

【そして決勝】
「特捜最前線」「あとは寝るだけ」「暴れん坊将軍II」そして土ワイチームの4組での決勝戦。“奇跡の生還”(本人談)を果たした土ワイチームが勢いにのって前半をリード、小林くんのストライクなども飛び出し絶好調だったのだが、やはりキャプテンのいまひとつ地味なスコアが禍してか、宿敵の暴れん坊将軍IIチーム(爺がまたしてもストライク。有島さん踊る踊る)の猛追に遭う。最後もストライクかスペアをとれば優勝という大一番で3本をスプリットしてしまい、2本倒せば逆転・1本で同点という状況で1本しか倒せず、暴れん坊チームとの優勝決定戦にもつれこむ。

今度は代表者が順に投げて得点の高い方が勝つというルール。芸達者を揃えていたものの、主演に華をもたせて代表者に据えた暴れん坊チームは、のっけから9本を倒した。だが、再び大いにタメまくってから投げた(眉間が微妙に険しくなってきた)土ワイの代表者(=言うまでもなく天っちゃん)も執念を見せて同じく9本をなぎ倒す。ところがお互いに残りの1本が倒せなかったために仕切り直し。今度はマツケンさんが中央に4本残してくれたおかげで、先程と同じく9本を倒した天っちゃんが優勝をもぎ取った。

【閉会式】
身長ぐらいはありそうな優勝トロフィーを受け取り「大奇跡ですねえ。まだ信じられません」と重そうだけど嬉しそうな天っちゃんは最優秀選手賞にも輝き、2つ目のトロフィー(と賞金20万)をゲットした(審査員の先生から「(最優秀選手は)文句なく天知さんです!」と言われていたが、スコアよりも文句なく一番球を投げまくっていた人への功労の意味もあったと思われる)。再び三枝さんにインタビューされて「出るのは3度めだけど(優勝などは)今回が初めてなんですよ。だから今までの分、これくらい貰ってもいいかな、と」なんてことをすっとぼけて語っている姿が微笑ましかった。

*20数年間、「ボーリングがやたらと上手い」という記憶しかなかったのだが、たしかに見せ場作りがやたらと上手かった。まさに独壇場で眼福!

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