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ブチこわした悪役というイメージサンデー毎日:1963(S38)12月8日号:32歳
これがタレントだ (19) 天知茂
ブチこわした悪役というイメージ 中原弓彦

“天知茂”の名前をきくと、ニヤリと笑う映画ファンが多い。
この“ニヤリ”にはいろんなイミがある。
まず、往年の新東宝活劇で、冷酷ムザンな悪党を演じ、ついにはベラ・ルゴシばりの吸血鬼までやったあの天知か、というニヤリ。または中川信夫監督の代表作『東海道四谷怪談』の民谷伊右衛門で善戦したあの骨っぽい役者か、のニヤリ。もう一つのニヤリが意味するのが関西テレビ制作『虎の子作戦』の“シャネル”役の天知茂だ。
それにしても、最近のテレビにおける天知茂のカムバックぶりは目ざましい。
大阪制作が『虎の子作戦』(フジ)、『悪銭(ぜに)』(日本テレビ)。東京制作が『孤独の賭け』(NETテレビ)、『紳士淑女協定』(フジ)。レギュラー四本というわけで、東京・大阪間を飛行機でトンボ返りしている。
もっとも、今どきのタレントにしてみれば、レギュラー四本など珍しくないのだが、いずれも主役ないしは準主役で、しかも各々のキャラクター(役がら)がちがうので、チャカチャカ荒かせぎしているという印象がないのが珍しい。『サンデー志ん朝』流にいえば、天知茂、役のレパートリーをひろげて3円高、というところか。

気の弱いインテリ

その中でも、大人に受けているのが『虎の子作戦』のキザで女たらし(実は成功したことがない)の警官“シャネル”。かつて宍戸錠がやったような半分ヤクザめいた正義派役で、“虎の子一家”五人の中でもっとも場面をくっている。
この番組の面白さは、なんといっても“独立愚連隊”国内版をねらった脚本家関沢新一のアイデアにある。大阪市警に実際にあると、うわさされる“虎の子”特捜班をモデルにしたもので、一見ルンペンふうの連中が警察の別動隊として活躍する。五人の中でただ一人おしゃれで、キザで、みんながモリソバを食う時、自分だけはウドンを食うという変な男が天知茂の役である。
『紳士淑女協定』は『虎の子』のマネだから、やりどころがないが、『孤独の賭け』では非情な野心家、『悪銭』では徹底した悪党、というふうに、少しずつちがう。
「自分で気に入ってるのは“虎の子”の役です。ああいうコミックな味を出したのは初めてですから。“悪銭”は芦屋雁之助さんと共演というのが魅力でしたね」
白いスポーツ・シャツに紺のアスコット・タイ。おなじみの鼻にかかった声。まつ毛が長いので、画面で見るよりずっとセンサイな感じである。見かけだけでなく、インテリであることが、話しているうちにわかってくる。いくぶん、気が弱そうでもある。
昭和六年、名古屋に生まれた。本名・臼井登。高校を出てからお兄さんのカメラ屋を手伝っているうちに、昭和二十六年、新東宝のニュー・フェース試験が名古屋であった。もともと役者志願の彼は直ちに応募、第一期ニュー・フェースに合格して、半年間、俳優座養成所に通った。この時の同期生に高島忠夫、久保菜穂子、三原葉子がいる。

三年間“仕出し”

役がつくのがいちばん遅れたのが天知茂で、三年間仕出し(通行人)などをやり、二十九年、『恐怖のカービン銃』の主役をやった。
カービン銃ギャング大津と顔が似てるためのバッテキで、これが“悪役とのクサレ縁”の始まりという。
「ところが、全然スター扱いしてくれませんでね。また、仕出しに逆戻り……」
いろんな悪役をやっているうちに、社長が大蔵貢に変わり、二枚目もやるようになった。
「なんと“婦系図”の主役をやらされました。白塗りの二枚目で、われながらビックリしましたねえ」
新東宝がつぶれるまでの十年間、邦画界の底辺にいたわけだ。
気に入ってるのは、『東海道四谷怪談』の伊右衛門役と、『静かなり暁の戦場』の主役。
「当時の映画を深夜劇場でやるのはメイワクだという人(俳優)もいますけど、僕は、良くも悪くも、今はない映画会社の実績を示すという点で、意味はあると思っています」
会社がつぶれ、六社協定のため、やめて半年は、どこにも出られなかった。日本テレビの単発ドラマ『光秀叛逆』で織田信長をやったのがテレビ第一回出演。
つづいて、関西制作の黒岩重吾シリーズ『休日の断崖』、『脂のしたたり』とレギュラーがつづき、夫人と幼稚園へ行っている娘を京都に移した。大映京都に入社、“座頭市”もので勝新太郎とわたり合ったのもこのころ。
映画出演も多くなったがテレビをやるという線は残しておいた。
「映画ではブッ切りの芝居だけですが、テレビの芝居は流れますからね。映画とはちがった何かがつかめますよ」

コミックな演技を

今の念願は、天知茂=悪役というイメージをブチこわすこと。そのためにも、コミックな演技を伸ばしたい。
「同じことのくりかえしはイヤですからね、本当に」
うわさでは、一年前までの彼は、異常にかげの濃い暗い人間で、他人とほとんど話さなかったという。
今の彼は、やはりかげはあるが、冗談をいうソフトな紳士である。
新東宝のスターは、腰が低いのでどこでも好評といわれるが、天知茂も、入社した時から会社がつぶれるといううわさにおびえた、という過去を持つ。
腰が低く、彼よりランクが下の役者の中にすすんでとけ込むというのもそのころからのことだろうか。
仕事がツイてきたのはめでたいが、睡眠不足がたたって、この夏、自動車事故をおこした。なんでも眠ったまま千メートル突っ走っていたというからひどい。気がついたら、全然知らぬ道に入っていたという。
テレビ界のいそがしさではなかなかむずかしいが、役柄やアイデアについて、十分ディスカッションするのを好む。『虎の子』の服装や小道具についてはウルサイほう。とくに帽子はこだわりすぎるくらい。その代わり、カケ事と酒がまるでダメで、“タバコだけはなんとか”という程度。自称“無趣味”。
もう一つ、持病にゼンソクがある。天知茂とゼンソク!

*煙草を持った右手を顔の前に持ってきている白シャツの天っちゃん写真つき(暗いので睫毛の長さの程度は不明)

*自動車事故の顛末は「とよぺったあ」参照。

*週刊平凡「クローズ・アップ」の記事と時期的に同じ頃だからか、内容が似ている(まつげが長いと強調されてるのも同じ)それにしても、よっぽど早瀬主税@婦系図は自分でも強烈だったらしい。我々からしても強烈だったが。

*この頃のコミカルな演技が見られる作品がほとんど現存していないようなのが惜しい。「虎の子作戦」とか「ミスター・シャネル」とか、見てみたいのになあ…!(しょぼくれ刑事@犬シリーズをスタイリッシュにした感じなんだろうか?)。

(2008年11月23日)
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