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カ・イ・ダ・〜ン・酔談バラエティ : 1982(S57)10月号:51歳
カ・イ・ダ・〜ン・酔談
(↑「セーラー服と機関銃」賑やかなりし頃なのでこのタイトル)

天知茂
金儲けるんだったら映画なんか作らない。もう一回やりましょうよ、一緒に映画を。酒持って行きましょう。

中川信夫
難しいのやるのはバカ。外国に大勢でロケに行くのはバカ。今、ここで映画は撮れるよ。役者の顔さえあれば。


日本映画界の現役最長老・中川信夫監督の14年ぶりの映画「怪異談・生きてゐる小平次」が、9月4日からATG系劇場で公開になる。中川信夫監督といえば、もはや伝説的傑作となっている「東海道四谷怪談」など、その美学に熱狂的ファンを持つ異能派作家なのだ。(今回「〜小平次」と併映でその「東海道四谷怪談」も公開される。こういうのを絶妙の組み合わせ!という)

その「東海道四谷怪談」など多くの傑作を生んだ、かつての新東宝時代に、中川映画のヒーローとして数多くの作品に主演したのが天知茂さん。極め付きは、もちろん「東海道四谷怪談」の民谷伊右衛門役だ。天知さんのキャラクターは、この頃に培われたのである。

東京・日比谷の日本そば屋の2階での、御両人の対談は、“斗酒なお辞さず”風に、日本酒をクイックイッとやる中川監督と、体質的に全く酒が呑めないのでジュースのお代わりで付き合う天知さん(いつだったか某週刊誌で“一見、呑めそうでいて実は全然酒が呑めない芸能人”のベスト・テンで、確か天知さんは第1位だったように記憶する。それくらいに、全く呑めないクチなのだ)。対照的な、この“師弟”コンビの酔談放談なのだ。プロデューサーの磯田啓二氏にもちょっと加わっていただいた。

先日、中川信夫監督の77歳の喜寿を祝う会が行われて盛会だったという。発起人に天知さんも名を連ねている。まずは、そのへんから、ずず〜いと――。

天知:当時の、ま、いわば“中川学校”というか、“中川一家”の連中は、ほとんど出席しましたね。
中川:その“中川学校”っていうのは、よしてくれよ。
天知:先生の喜寿の祝いにかこつけた、新東宝同窓会になっちゃった。でも、途中でほとんど誰も帰らない。あのへんは、いかに先生が慕われていたかの証拠ですね。
中川:どうかな、しかし、あのパーティは嬉しかったな。キミとも、あまり話したこともなかったもんな。ほんとコンニチハぐらいで。
天知:呑まないと、話さない人だから(笑)。だいたい、撮影の時も、どこからどこまでっていうのもいわないし。
中川:そうだな、テストとか、録音の関係で、一応やるけど、ロクに注文もしないなあ、いつもそうだったなぁ。
天知:映画ってのは、細かくカットを切ってゆくもんなんだけど、どういうわけかこの先生は切らないね。カット割りというのは、スクリプターさんとかが、まっさきに知ってますよね。その台本を何げなく見ると10カットぐらいになっているから、じゃあそれくらいだろう、と思っていると、全然カットっていわない。いつの間にか、ワンシーン=ワンカット、4分ぐらい平気で行っちゃう(笑)。

――「東海道四谷怪談」もカットが長いですよね。

天知:特にイントロなんか、すごく長い。あれなんかも最初は10カットぐらいあった。
中川:いや、20カットぐらいあったよ。
天知:ところが終わってみたらワンカットだもの(笑)。あれは、撮影の移動車が変わってて、直角移動で撮ったんですよ。2台使って、1台の上にまたもう1台移動車が乗っかってというヤツで、当時としては画期的だった。やってることは原始的なんだけどよく考えた、という。
中川:あのシーンは、1時開始で夕方ぐらいまでかかったな。
天知:ボクがあんまりセリフ覚えてないもんだから。
中川:それでも、不思議と、キミとは相性いいんだな。はっきりいって、オレは好き嫌いが激しい方で、俳優でも好きな奴とだと全部うまくいくなあ。嫌いだと全くうまくいかん。注文して良くなるなんてもんじゃないんだよ。役者なんてのは。ダメな奴は最初っから終わりまでダメ。
天知:アハハハッ。
磯田:合わすのもメンドくさいし、でしょ。

――新東宝時代に御一緒した作品は、かなりの数になりますよね。

天知:だいぶありますね。ボクが一番多いんじゃないかな。
中川:多いな。勘定したことないけど、10本ぐらいかな。
天知:「四谷怪談」「地獄」「憲兵と幽霊」……。
中川:「女吸血鬼」なんてのもあったな。時代劇はあんがい少ないんだよな。後半はキミは現代劇だったしな。

――「黄線地帯」などの“ライン物”とかですね。その頃の新東宝末期の現場のフンイキって、どうだったんですか。

天知:ツブれそうだとかは、あまり考えなかった。とにかく映画好きの連中が集まっててね。新東宝自体の成り立ちが、例の東宝争議で分裂してできた会社でしょ。仲間意識がとても強かった。
中川:キミはいつから入ったんだっけ。
天知:ボクは、新東宝ニューフェイスですよ。同期に、高島忠夫とか、久保菜穂子とかいて。その前に松竹に2年いて……。
中川:松竹? 大船か。
天知:いえ、下加茂の時代ですよ。太秦じゃなくて。
中川:へぇ、それは初めて聞いた。

――今度の「〜小平次」では、天知さんは題字を書いていますが、出演の方は、予定なかったんですか。

中川:第1回の配役は(冗談半分らしいが、ソフィア・ローレンと)故・大河内伝次郎と月形龍之介の予定だった。次の時は、天知クンと沼田曜一と阿部寿美子の予定だった。天知クンが小平次で、これは今でもノートに書いてある。結局三転したわけだ。
天知:このあいだ、仕事でスペイン行ったんですよ、TVですけど。それで向こうのポール・ナッツィという男、役者であり、脚本・監督・製作もやる男でね。彼が、いわば、向こうではミステリの巨匠でもあるわけ。それで、日本の“怪談風”のが好きだというんで、「〜四谷怪談」をATGから借りて見せたら、絶賛してましたよ。なぜこれが国際映画祭に出なかったのかってね。出せば絶対に大賞だ、と。今から20年前の映画という気は全くしない、このままで充分通用する傑作だといってましたよ。
中川:ふ〜ん、変わったヤツもいるねぇ。(と、テレる)
天知:だから、もう1回やりましょうよ。この前もいってたじゃないですか。「地獄」っていうのやったから、今度は「極楽」ってのやろうって。(笑)
中川:そうだな。だいぶ前からいってるなあ。いつかは、やりたいな。オレももうじき死ぬだろうしな。別に売り込むわけじゃないけどな。
天知:いいじゃないですか、時機を見て。あせって、変に毒されたものを作るより。
中川:そう、儲けようとかな。
天知:金儲けるんだったら、映画なんか作らないで、ヤキトリ屋やった方がいい。一杯呑みながらね。(笑)
中川:オレがやったら(自分で店の酒ばかり呑んで)すぐ、ツブれちまわぁ。まあ、乾杯しようや。(と、中川監督持参の盃と天知さんのジュースのグラスがカチンと鳴る、“ジュースで悪いですね”と天知さん)

中川:しかし、堅苦しいのは作りたくないね。難しいのはバカがやるもんよな。
天知:お客さん、金払って見るもんですし。
中川:そう、試写会だけなら、何作ってもいいけどな。
天知:つまらない映画は、落語の“寝床”じゃないけど、こっちから飲み食い用意して見て頂くという風にね。(笑)
中川:やはり、映画は、才能よぉ(と、腕を撫す)、職人のね。これだけは、誰にも負けんという自負があるね。腕がなきゃ、左甚五郎じゃなくて、右甚五郎になっちまう。しかし、こうやって、酒呑んでオダあげてるのもタマには、いいもんだなあ。
磯田:今、映画を作ることに関しては、悪い状況ではないですね。
中川:お前みたいなのが変なことやるからな。オレが寝とったのに、起こしやがるんだ。楽しとったのに、そそのかしおる。
天知:まるで、直助ですね。(笑)
中川:おう、カオはだいぶ違うけどな。(笑)
天知:こうして、しばらくぶりに会ってもすぐ話が合っちゃう。やはり、映画ですかね。スペイン行って撮りましょうか、先生。
中川:遠いとこはイヤだな。伊豆あたりがいい。向こうはコレ(日本酒)もないしな。
天知:持って行きゃ、いいじゃないですか。向こうにだっておいしい酒ありますよ。
中川:遠いとこ行ったから、いいものができるわけじゃない。伊丹万作がいってたが“いかなる風景も人間の顔には及ばない”とね。いいこというよ。天知よ、キミの顔も変わりようがない。役者が良くなくちゃ、ダメだよ。勉強になったろ。
天知:大変、勉強になりました。
中川:外国に大勢でロケに行くなんてバカよ。今、ここで映画は撮れるよ、役者の顔さえあれば、のう。しっかりせいよ、天知よ。(と、監督、天知さんの頭を軽く、ポコッとはたく)
天知:ホラきた! でもね、「〜四谷怪談」で“お岩を殺したろ”と直助にそそのかされる沼のシーンの蜒々たる顔のアップの長いカットなんか、今思うと、よくもったと。
中川:それは、役者がいいからよ。
天知:いやぁ。

――伊右衛門は初めから天知さんの配役で。

中川:いや、最初はアラカン(嵐寛寿郎)だった。
天知:あの時ね、ボクはとにかく昔から、伊右衛門が大好きで、役者になった時からあの役をいつか、と狙ってた。あの前の、若山富三郎さんの作品の時もやりたかった。で、今度こそと思って、大蔵貢社長のところに直談判に行ったら、“あれは、嵐の企画なのでダメだ”といわれた。そうしたら後日、社長室に呼ばれて、監督もそこにいて、“お前、直助権兵衛をやれ”といわれた。監督がいうには、“伊右衛門より、直助をいい役にしちゃうから”とね。
中川:そんなこといったか。
磯田:わりと調子いいとこあるんですね。
中川:確かにいい役だよ。
天知:もちろん、いうなれば、ファウストに対するメフィストフェレスですからね、直助は。悪い役のはずはない。で、その気になってたら、また何日かして、大映でも「四谷怪談」を同時期に長谷川一夫さんでやることになって、そうなると、会社の力を比べて、負けた場合、看板のアラカンさんに傷が付くといけないから、ダメでもともと、ウマくいけば儲けモノっていうんで、天知がやりたがっていたからアイツにやらせろっていうんで、社長に“お前、伊右衛門をやれ”って。でも、監督に、さんざん“直助の方がいい役”っていわれてたでしょ(笑)。そしたら、監督、“じゃあ、2役やるか”だもんね。(笑)
中川:そんなこといったか。無責任だな。

――お2人はいいコンビですね。

天知:ねえ、こんなにお酒の好きな人と、全然呑めないコンビでね。
中川:ああ、直助権兵衛と誰かみたいだなあ。オレは、呑み助権兵衛だけどな。オレは日本で一番好きな俳優は、佐分利信で、次はオマエ。これは、はっきりいえるな。役者って、すぐにちょっと変わったことをやろうとする。サングラスをかけたり、ヒゲをはやしたり、小細工をしたがる。
天知:この先生の前では技巧は通じない。
中川:ヘタな役者ほど、サングラスかけてこんなこと(ヨタるまね)してみせる。杉の木の如くドーンとしてればいいものを。うまくなろう、というのがあさましい。天知茂には、そこがないのがいい。でも、お前は、酒呑まんからなあ。
天知:でも、けっこう宴会は付き合いましたよ。あんまり、そばに行くとすぐ殴られるから、今度、ヘルメットかぶってこよう。
中川:磯田、よく聞いとけよ。(磯田氏は、酒が呑めるのだが、現在は体調をくずしていて禁酒中。中川監督がいくら酒をすすめても呑まないのだ)
天知:とにかく、「東海道四谷怪談」の伊右衛門像というのは、「東海道四谷怪談」(*)のモンゴメリー・クリフトにも似た青春映画の主人公ともいえるし。これが、また劇場のスクリーンで公開されるというのは、嬉しいですね。(注:モンゴメリー・クリフトの映画は「陽のあたる場所」か?)
中川:映画館、というのがいいよね。TVならどうでもいいけど。
天知:やっぱり、撮りましょうよ、一緒に映画を。
中川:ロケーションは、やはり伊豆がいいな。
天知:ええ、お酒、持って行きましょう。

いやぁ、楽しかった。77歳にして、稚気あふるる中川監督と、しっかりオレンジ・ジュースで嬉しそうに付き合う天知茂さんの名コンビ。やはり、何が何でも、1本撮ってもらわなきゃ、こっちの気もすまなくなってきたゾ。
(構成:秋本鉄次)

*見開きが2ページ分(計4ページ)。盃片手の中川監督と、ジュース(しかもストロー付)を持って嬉しそうに白い歯全開で笑ってる天っちゃんの写真つき。天っちゃんの着ている、ポロシャツだけど総レース仕様みたいなシャツが気になって仕方が無い。そば屋でレースか・・・(それよりそば屋でオレンジジュースwithストローなあたりもすごい)

*この2年後に監督が、そしてその翌年には天っちゃんが、お酒持って伊豆どころかえらく遠いところへ旅立ってしまわれた(泣)ちなみに監督一番のお気に入り、佐分利信さん(私も彼のドスのきいた存在と声が好きだ)はこの対談の年(1982年9月・・・ちょうど同じ時期?)に亡くなっている。

(2006年6月29日)
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