ファイター勝さん時代映画 : 1963(S38)2月:32歳
共演者のみた勝新太郎のプロフィール
ファイター勝さん
天知茂
一言で申せば、勝さんはファイターであると云う事でしょう。日常生活の中でも“演技”と云う意識を持っておられるように感じます。
非常に仕事熱心な方で「座頭市物語」の時の立廻りなど、自分で、いろいろ研究されておられた点、感心させられました。僕は、この立廻りでは、勝さんの云うままに動いていただけで、僕自身としては、あまり判らなかったわけです。だから勝さんは勝さんで、僕の事を考えてやってくれたようで、大変有難く思ったものです。
さて、この映画が、勝さんと初めて御一緒させて戴いた映画ですが、その時の勝さんの印象は、これと云ってありません。何故なら勝さんと一言、二言話しただけで、もう十年も前から知り合いのような気持ちになれたからです。それほど勝さんは、人をそらさない、社交的な方なのです。
また、勝さんと私は、同年輩であるという事も、話が相通じる原因の一つでしょう。私的な交際というほどの事でもないわけですが、それでも、勝さんを見ていると、いつ何処でも、親しく話せる方だと云う感じがします。これも、みんな、勝さんの人徳ではないでしょうか。
僕は、大映へ入って、特に、勝さんとの仕事が一番多いようですが、本当に勝さんと云う方は傍観していて、台本に対する探求心の旺盛な方だと云う事が窺えます。
台本に対して、深く鋭く納得のいくまで、目を通されておられるようで、その点、僕達も見習うべきだと痛感している次第です。
こう云ったわけで、とにもかくにも、勝さんと云う方は、仕事に対しても、日常生活に対しても、ファイターであると云えましょう。
*勝さん特集号より。あとのコメンテーターは城健三朗(=若山富三郎)、浦路洋子、田宮二郎、藤村志保さん。ちなみに「破れ傘長庵」のシナリオも付いていた。腹の虫がおさまらない話なので映画を見たのは一回きりだが、ラストは台本よりも映画の方が(天知ファン的に)ざまあみろな展開だったように思う。
*勝さんに関しては、遅刻の弁解に子供を遣いに寄こす云々という話がワイズ出版の本や「五十年の光芒」で見られたが、それ以前のコメントは初めて読んだ。「座頭市物語」のあのラストの立ち廻り、“僕自身としてはあまり判らなかった”というのは謙遜なのかもしれないが、実はこの人は何も考えずに監督や共演者の色に染まる方が良い演技ができるんじゃないかという気もしてきた(考えすぎて凝り過ぎると、演技がクサくなるというか)。
*ただ1963年2月の段階で、勝さんとは「座頭市物語」「破れ傘長庵」の2本、かたや雷蔵さんとは「斬る」「長脇差忠臣蔵」「剣に賭ける」「陽気な殿様」「新撰組始末記」の5本共演しているので、特に勝さんとの仕事が一番多いわけではない(お兄さんとの共演を込めるのであればダントツだが)。
(2009年4月3日)