女はこわいこわい週刊平凡 : 1968(S43)10月17日号:37歳
おしゃべりジャーナル
天知茂
女はこわいこわい
ききて 芥川隆行
女性の心をしびれさせるということは、ぼくなどが考えると、至難のわざであるが、彼はそれをやすやすとやってのける。近ごろ、さらに中年のシブさを加えて、まさに当代の二枚目である。
それと、もうひとつ、役どころにただようニヒルな味わい。ところがニヒルとは対照的に、なんと彼はじつに善人なのだ。 (芥川隆行)
処女を捧げたい
芥川:このあいだなにかで読んだけど、お金持ちの未亡人が、この世に楽しみがないから、ばく大な財産を天知茂にあげる、とかなんとかいったっていう話、ホントなの。
天知:そんないい話知りませんよ。(笑)あのね、こういう話はありましたよ。どっか小料理屋の仲居さんで、百万円たまったら、ぼくと一晩つきあって、一晩でぜんぶつかっちゃう。それまでは会わない、っていってる人がいるそうです。まだ会ってないけど。
芥川:ヘーエ、うらやましいねェ。一晩でつかっちゃうったってねェ、こりゃすごいや。そういうデカイのから、ちいさいのまで入れたら、ずいぶんあるでしょう。そういうことは。
天知:小はマスコット人形から、大はいろいろと……ネ。このあいだも日本人形を作ってる人から、歌舞伎の狂言にある人形で、顔がぼくに似せてあるっていうのもらいましたよ。
芥川:よく似てましたか。
天知:ええ、目が三白眼で、そっくりだった。(笑)
芥川:若いファンですか。
天知:いいえ、もう奥さん。
芥川:だけどさ、二枚目の役どころをもってると、ハタから見るとヤッカミ半分にいろいろ想像するけど、いくつくらいから二枚目を意識したの、実際は――。
天知:役者になって、十年たってからですね。あまり、意識もしてないけど……サ。(笑)
芥川:われわれは、万が一にもモテるなんてことありゃあしないのに、あんたは年がら年じゅうモテてる。でもテレるでしょ、やっぱり。
天知:ええ。いまだってテレてる。(笑)
芥川:不感症にはならないもんかねェ。
天知:いつも、新鮮ですよ。(笑)
芥川:あなたは役者になって十年めなんていってるけど、もっとまえ、新東宝時代に、しょっちゅうあなたの写真はってながめてる人とか、命がけのヤツもあったように聞いてるよ。
天知:こういうのがありましたよ。もうすぐ結婚するっていう娘さんからの手紙でネ。その結婚が政略結婚みたいなんですね。あまり好きでもない相手と結婚することになった、だから結婚まえにいちどお会いしたいっていうような――。
芥川:そしてなにもかも捧げてってヤツですな。(笑)会いましたか、その女性に。
天知:(苦笑して)会いませんよ。
芥川:もったいないなァ。(笑)こんどそういうのあったら、ぼくのほうにまわしてくれよ。部屋を暗くしとけばわかんない。天知茂がバカにチッコくてまるくなったなんて。(笑)
天知:いやァ、声出したらすぐわかっちゃう。(笑)
(*聞き手の芥川さんは時代劇のナレーションで超有名なあの芥川隆行さんです)
笑顔はきんもつ
芥川:そういうこといってくるお嬢さんもあるわけだけど、わりあい年齢層の高いご婦人からが多いんじゃないの。
天知:パーセンテージからいえば、そのほうが高いですね。
芥川:あんたが俳優の経験を積み重ねてくるのといっしょに、年齢を重ねたファンが多いんだろうね。
天知:十何年らいって人が多いですね。ふしぎにファンの浮気がないですよ。若いファンで若い役者だと、お互いにあきるっていうことがあるけど、それが少ないんですよネ。
芥川:あなたのネ、俳優さんとしての魅力、芸はべつとしてよ、わりにニヒリスチックで、ゆううつそうな陰があって、そういうとこが水商売の人に人気あるんじゃないの。
天知:そうでしょうねえ。
芥川:それがテレビで、カタギの奥さまにも人気があるっていうのは、どういうことかな。
天知:役柄も映画とテレビではいくらか変わってきたこともあるんですね。古いギャング映画のころのファン層は、水商売の人が多かったですね。『一匹狼(ローンウルフ)』や『夜の主役』では対女性関係がとても清潔なんですよ。そういうところが家庭夫人にウケるとこじゃないですか。もっとも、『夜の主役』は、これからすこしずつ清潔でなくなるようですけど――。(笑)
芥川:ムードづくりは、やっぱりふだんでもしてるんでしょう。
天知:ウン。意識する場合もあるし、そこんとこはこっちも人間だからそのときの気分で――。夜、街を歩いたり、飲みに行ったりするときは、そうそう気をつかってもいられないから完全に自分にもどっちゃいますね。
芥川:だけど、おもしろいね、あなた。画面ではゼッタイ笑わないでしょう。笑うと思わぬ顔になるってことがあるからさ。あなたが笑うと、なんとも人のいい顔になるね。(笑)
天知:笑うと、サマにならないらしいね。(笑)といっても、いつも目を光らせてばかりは、オレもいられないよ。
芥川:とにかくあなたのファンは、未婚の女性は天知茂、もしくは、天知茂“みたい”な男と結婚したい。この“みたい”がだいじよ。(笑)既婚の女性は恋愛か浮気だろうけど、そう思ってるらしいね。あなた、ずいぶん口説かれるんでしょう。
天知:まあ、口説かれたことはある……ナ。(笑)
電話には出ない
芥川:口説きにはウェットなのがいい、それともカラッとしたのがいい。
天知:そりゃあカラッとしたほうが、こっちもカラッとしてられるからいいよ。
芥川:いろいろ、こまることもあるでしょうな。
天知:まさか家へ口説きの電話かかってこないとは思うけど、なるべく家では電話に出ないことにしてる。なかには、さもぼくと関係があるかのようなことをいってかけてくる女性もあるからね。(笑) 女房が出ると「あたし、茂さんに“お世話”になってますの」なんていったりしてくる。(笑)
芥川:“お世話”になってたら、電話なんかかけてくるはずない。(笑)
天知:「こんどの日曜に茂さんと箱根へいっしょに遊びに行く約束だけど」なんてかけてきて、女房は日曜日のスケジュール知ってるから、「あ、ウソだ」ってわかるけどそういわずにいると、トクトクとしてるんだって。十回くらいこの人からはかかってきましたね。最後の電話で女房を殺すっていうんだって。「茂さんは、あたしと約束してる。女房がいるからいっしょになれないっていってる、あんたが憎いから殺す」っていう電話なんですね。どうも殺すってことばが出たから、そのままほっとくわけにもいかなくなって、警察に連絡して、こんどかかってきたら逆探知で、と思ってたんですが、それっきりかかってこなくなりましたよ。
芥川:あなたの家庭が円満なのは有名だからいいけど、奥さんだってなにかのひょうしに、ふいと“ほんとかしら”?と思うときだってあるだろうね。たいへんだね。よっぽどよく訓練しといたの。(笑)
天知:最初の電話が、インチキだってことすぐわかったからよかったんだ。(笑) ぼくを信用してるよ。その最初の電話というのが、ぼくの新東宝時代でね。新橋のなんとかっていうバーの女で、お世話になってるものだっていってきた。ぼくが留守だっていったら、帰って来たらここへ電話してくれって、番号がいってあったんですよ。かけてみたら、ヘンな倉庫にかかっちゃって。それでインチキってことがわかったんです。
芥川:最初がよかったねェ。(笑)タマには、ホントもあるかもしれないのに……ねェ。(笑)
天知:不幸中のさいわいだった。(笑)
芥川:あなた、結婚してもう何年になったっけ。
天知:十年、ですか――。
芥川:お子さんはもう何人になったの。
天知:二人。上が女で、下が男よ。
芥川:かわいいだろうねェ。
天知:下の男の子は、いたずらでいたずらで……。
酒が飲めない男
芥川:お嬢ちゃんや坊ちゃんは、パパのテレビ見るわけでしょう。家庭でのパパと違和感を感じるだろうね。
天知:さいきんは慣れましたね。そういうもんだと思ってるらしいですよ。最初はふしぎらしかったですがネ。ただ、ぼくが殺されそうになったりひどいめにあうのはイヤらしい。
芥川:悪役で、しょっちゅう殺される場面見せられちゃあ、イヤだよネ。
天知:ぼくはさ、ちょうど子供ができたころに足を洗った。(笑)
芥川:意識してそういうふうにしたの。
天知:ええ、うまくやりましたよ。
芥川:そりゃあえらいワ。たいへんなことだもの。たまには一家でどっかへ行くなんてことあるの。
天知:いまはまったくダメだね。
芥川:ことし何べん出かけた。
天知:ことしになって二回あったかどうか――。
芥川:このあいだ疲労で倒れて静養されたそうだけど、お子さんたちは喜んだでしょう。
天知:ウン。二人がいちばん喜んでましたね。
芥川:健康には自信あるの。
天知:自信あったんですけどネ。だいたいぼくは、食欲があるかどうかで健康状態がわかるんですよ。食べられればだいじょうぶ。
芥川:子供じみた質問だけど、好ききらいはどうなの。
天知:これが、わりとあるんですよ。ニンジンとピーマンが食べられない。
芥川:ヘーエ、子供だね、まるで――。(笑) あなた、酒はどのくらい飲めるの。
天知:じつは、しまらないハナシなんだけど、コーラ飲んでるの。ぼくが飲みに行くのはコーラよ。(笑)
芥川:そうかあ、さっき飲みに行ったときなんていうから、おまけにあんたと酒はぴったりだから、飲める感じだったけど――ブランデーなんかぴったりだけどねェ。
天知:コーラじゃあ、イメージ・ダウンだね。(笑)
芥川:おもしろいねェ。あんたがスカッとしてバーのカウンターにつくと、みんなイキをつめるよ。「なにをお飲みですか」。そしたら「コーラ」か……。どうして飲めないのよ。
天知:ふつう酔うってのは、気持ちよくなるわけでしょう。ぼくは、気分悪くなるんだから――最初真っ赤になって、そのあとアオくなる。(笑)
芥川:天知茂が一杯の酒で、ゆでダコみたいになってる図なんてひどいねェ。これは、見ていられないよ。(笑)
天知:そうでしょう。ならまだコーラのほうがマシですよ。(笑)
【となりで失礼】(担当記者)
★さすが、自分のイメージをご存じである。黒のズボンに、黒のトックリのセーター、クツシタもまた黒である。ある録音スタジオの食堂で、この対談が始まった。
★めったに“笑顔”を見せない天知サンが、じつによく笑う。あの目がシワクチャになって、タレ目になり、ホオもしわだらけ。なんとも“昼の主役”はしまらない顔になった。
★ふとテーブルの下をノゾくと、組んでいる右足にクツがない。そのわけが、しばらくしてやっとわかった。ときどきクツシタの上から、水虫をかいてるではないか。
*黒のトックリのセーターの上にコーデュロイっぽい淡色のジャケットを羽織り、煙草片手に談笑している写真つき(モンダイの右足は見えてません)
*昔は自宅住所も記事の中に載っていたりしたので、ストーカー被害も多そうだ。
*芥川さんとは頭文字をとってA&Aプロモーション(「女は復讐する」の企画など。ちなみにgoo映画ではA&Bプロモーションになっているがこれは間違いだろう。Bって誰だ)を作った仲なのでかなり親しいのかもしれない。
(2007年2月7日:資料提供・naveraさま)