おしゃれでスマートでニクイひと週刊平凡 : 1963(S38)12.19(NO.241):32歳
クローズ・アップ
ニヒルな“悪役スター”天知茂の素顔
おしゃれでスマートでニクイひと
天知茂といえば、すぐ新東宝のお色気映画にでてくる悪役を思いだすひとが多いでしょう。
ところが、さいきんの彼は、テレビで、レパートリーの広い演技者として活躍しています。
「でも悪役が似合いなんです」
という彼の素顔は意外なところにあるようです。
ひやかしの俳優志願
彼の活躍ぶりをのぞいてみよう。
関西テレビ『虎の子作戦』の“シャネル”役。キザで女たらしの警官だ。
NET『孤独の賭け』の非情な野心家。
フジテレビ『紳士淑女協定』のすっとんきょうな探偵。
それに、先週終わった、よみうりテレビ『悪銭(ぜに)』の徹底した悪党・・・とみてくると、テレビにおける彼の活躍はめざましい。
それも申しあわせたように悪役だ。
(*『孤独の賭け』の千種って悪役なんだろうか)
こんなファンの声がある。
「ニヒルで冷酷な感じ」(岡田伸子さん=BG・19歳)
「おしゃれで、スマートなニクイひと」(岸本久美さん=学生・20歳)
彼はこんなことをいう。
「いろんな役をやっているうちに、ついに悪役タイプにさせられてしまったんです」
彼の出演する番組のなかでもとくに受けているのが『虎の子作戦』の“シャネル”の役だろう。大阪府警にじっさいにあるといわれる“虎の子特捜班”をモデルにしたもので、ルンペン風の連中が、警察の別動隊として活躍する。五人のなかで、おしゃれで、キザで、女たらし、というのが彼の役だ。
「あの番組を見ていると、天知茂さんて、ほんとうにあんな感じなのかしらって思う」
というファンの声もあるほど彼のコミックな演技が効いている。
本名・臼井登。三十二歳。名古屋に生まれた。東邦高校を卒業して、兄の経営するカメラ屋を手伝っていた。昭和二十六年、たまたま、新東宝のニューフェース募集の試験が名古屋であった。なにげなく受けてみた。(*なにげなく?)
「まったくひやかしのつもりだったんです」 (*ひやかし?)
ひやかしの俳優志願が、本当になった。嘘からでたまこと・・・彼は数多くの応募者のなかから選ばれて、第一期ニューフェースに合格したのである。
「あのときはウチョウテンでした」
ところが、あこがれの映画会社で彼を待ちうけていたのは、輝かしいスターの座ではなく、一介の“仕出し屋さん”(通行人)だった。
「選ばれて入ったんだから、きれいな女優さんとラブシーンを演じられるものとばかり思ってましたのに・・・」
初任給五千円。世田谷の梅ヶ丘に下宿したところ、そこの下宿代が六千円だった。当然、兄から援助してもらわなければならなかった。
半年間、俳優座養成所に通った。しかし、ここを卒業してもあいかわらず“仕出し屋さん”には変わりなかった。このころには、いっしょに入ったひとたちが、しだいに抜てきされて、主役を演じだしていた。
「悩みましたね、あのころは。あせりと屈辱のかたまりでした」
“仕出し屋さん”を三年間
彼のことを、おしゃれ、だと評すひとが多い。彼のおしゃれについては、この“仕出し屋さん”時代のことを念頭におかなくてはいけない。
「仕出しをやってたころ、目にとめてもらおうと思って、ずいぶん苦労しました。服装がそうですよ。せめて、これくらいは、いつもキチッとしてないと馬鹿にされますからね。兄に無理をいって、そろえたものです。それがクセになっちゃったんでしょうね。ぼくのおしゃれは下積み時代の残ガイみたいなもんです」
と彼は笑いながら語る。
第一期ニューフェースとしていっしょに入社した高島忠夫は、当時をふりかえって、こういう。
「無口な男でした。ぼくらいつもつきあってたので、彼がいい奴だってことは知ってましたが、演技課長がびっくりしましてね。あいつはいつも下からニラんでいて、こわい奴だ、というんです」
(*高島ぼん、図らずも天っちゃんの小粒さ加減を暴露<いつも下から)
三年間“仕出し”をやって、やっと主役に抜てきされたのが『恐怖のカービン銃』(29年)だった。
「抜てきの理由が、カービン銃のギャング、大津と似てるためだというんですよ」
しかし、ギャングでもなんでも、彼は真剣に演じた。
映画は好評だった。二、三本彼の主演映画がつづいた。そして、またパタリと役がまわってこなくなった。“仕出し”に逆もどりである。
「ぼくは、三回も仕出しに逆もどりしました。だから、あのスターという誇らしげな気持ちをいちども味わっていないんです。つねに、おびやかされていましたから・・・」
まわってくる役は、全部よろこんでひきうけた。なかには、吸血鬼ドラキュラ役まであったが、彼はそうした端役の一つ一つを甘んじて演じてのけた。
しかし、いっぽう、『静かなり暁の戦場』(小森白監督)の主役や、『東海道四谷怪談』(中川信夫監督)の民谷伊右衛門の役では、すばらしい演技をしめした。
さいきん、テレビの深夜劇場は新東宝の旧作が毎日のように放送されている。彼はこんなことをいっている。
「他人に見られると、もちろんイヤなものもあります。しかし自分だけでこっそり見ると、なつかしくて、感慨ぶかいものばかりです」
きどりのない、素直なことばだ。
神経質で繊細で気が弱い
十年もして、そろそろ古株になりかけたころ、会社がつぶれた。昭和三十六年のことだが、当時彼は、俳優クラブの会長をしていたため、
「自分だけが、テレビやほかの映画会社で働くわけにはいかなかった」
のである。彼は会社が完全につぶれるまで(いちどは立ち直りをみせていたので)行動をともにした。
やがて、彼は新東宝の俳優のだれもがそうしたように、テレビに進出した。
第一回は、日本テレビの単発『光秀反逆』で織田信長の役をやった。つづいて、関西テレビの『休日の断崖』『脂のしたたり』など黒岩重吾シリーズにレギュラーで出演した。みとめられて大映の『座頭市物語』で勝新太郎と共演したのもこのころである。
マツ毛が長い。(*←いきなり書きたくなるくらい長いとみえる)話しながらタバコをもてあそぶ手つきは神経質によく動く。画面から受けるあの“悪役”の感じはまったくない。神経質で、繊細である。
「悪役は好きなんですよ。やっていておもしろいんです。やっぱり性に合っているんでしょうね」
という。だから彼のばあい、『炎の河』(NET)のように二枚目をやると、
「つい、芝居をしちゃって、それがイヤ味になるんです。二枚目は不向きです。新東宝時代、『婦系図(おんなけいず)』の主役をやらされましてね、白塗りの二枚目にわれながらびっくりしました」
ということになるのだそうだ。彼の悪役についての研究熱心さはこんなぐあいである。
「悪役っていうのは、すぐピストルを持ってすごんじゃう、という類型的なものが多いわけです。
だから、ピストルも持たない、人も殺さない、ごくふつうの人間のなかにある“悪”を表現してみたい」
というのだ。こんな彼について作家の黒岩重吾氏は、
「あんなに悪役をうまくこなす俳優はいないでしょう。そしてあんなに誠実で、ひたむきな人間もいない。苦労してきたせいでしょうね」
といっている。
結婚して六年目。妻の純代さん(30歳)は、新東宝時代、彼と同期生だった。もちろん恋愛結婚である。
「仕事に恵まれなくて、失望していたころ、なぐさめ合った仲です」
とてれながらいう彼。
不遇の彼が元気づけられたのは、純代さんとの結婚だったようだ。
「結婚してはじめて、とことんまで俳優という仕事をしていこうと決意しました」
と彼はいっている。
親子の対面は月に一度
大映京都撮影所で仕事をするようになってから家族を京都に移した。ところが、さいきん彼の仕事は東京と大阪を往復するという皮肉なハメになった。
大阪のテレビ局で仕事をして深夜、京都の自宅に帰る。早朝東京のテレビ局へ飛び立つ。だから、長女の千景ちゃん(5歳)の寝顔をちょっとのぞくだけで、ひと月もご対面しないこともあるという。十一月二十五日、長男の慶ちゃんが生まれた。
「ところが、長男とはまだ二度しか親子の対面をしていないんです」
と暗い表情だ。家族思いの彼にとって、“売れっ子タレント”のつらさは身にしみて感じられるのだろう。
睡眠は四時間。あとはスケジュールがぎっしり。自分でさえ一日のスケジュールがわからないくらいだという。
「あすは大阪です」とお付きのひと。
「はい」というのは、彼。
いつもこんな調子で、彼は働きまわるのだという。だから、たまに休みの日があると、朝から晩まで寝ていることになる。
「家庭のことや、自分のことを考えると、仕事はもっと減らさなければ、と思うんです。来年からは新しい気持ちで・・・」
こう述懐する彼の表情は明るい。
(*翌年(1964年)からは新しい気持ちで舞台にもチャレンジし始め、さらに仕事を増やしているのだが)
彼に、趣味は?ときくと、すかさず、
「無趣味です」
という答え。酒もマージャンもゴルフも全部ダメ。スポーツもぜんぜんやらないという。彼について、『紳士淑女協定』を担当しているフジテレビの小林俊一プロデューサーは、
「あんなに仕事熱心な人はいない。役柄については、あくまでもディスカッションしあう。悪役だけでなく、いろんな可能性のある俳優だと思いますね」
と、暖かい声援をおくっている。[終]
【写真キャプション】
・『紳士淑女協定』『孤独の賭け』のワンカット (「紳士・・・」の方は、メンバー6人の真ん中で白ジャケットに黒っぽいシャツ&アスコットタイのラフな服装、「孤独…」の方は、百子と並んで彼方を見つめている写真)
・悪役スターに徹するという天知茂 (煙草を咥え、腕を頭のうしろに組んだ横顔)
・子ぼんのうぶりを示す天知茂(千景ちゃんと純代夫人) (千景ちゃんを抱いて「ほら、あっち見てご覧」と腕を伸ばして指差すシャレた帽子の天っちゃんと、横に奥様)
・『紳士淑女協定』の本読み (テーブルに座って台本に目を通す天っちゃん。薄い色のジャケットに、黒っぽいシャツ姿。周りに2人)
・アルコールをやらない彼は水やコーラをガブ飲みする (本読みと同じ服装で、コーラの壜を片手にニッコリ笑っている天っちゃん)
*松竹(シゲマツ)時代の苦労など無かったかのような記事だが、売れっ子ゆえのことと大目にみるべきだろう
*この時代のドラマ、いつか見られたらいいなあ!(黒岩氏のコメントも嬉しい)
(2006年9月14日)