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映像は小説を越えられるかキネマ旬報 : 1984(S59)7月下旬号:53歳
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映像は小説を越えられるか
天知茂

北方謙三さんのハード・ボイルド小説『逢うには、遠すぎる』を映画化することになりました。キノシタ映画と天知フィルムの提携作品で、予算は三億円。製作・監督・主演の三役を兼ねてまして、脚本は石松愛弘さんが執筆してます。8月25日頃からカメラを廻して、クランク・アップは10月なかばですね。配給会社は現在交渉中です。6月17日にロサンジェルスで日系三、四世のオーディションをして、選出した人には重要な役で出てもらいます。たまたま8月26〜27日に日系人の移民百年祭のパレードが行なわれますので、それを入れこんで実景としておさめたいと思ってるんですよ。

ぼくはハード・ボイルドが好きなんですが、日本製はまがいものばっかりで、アメリカ映画にはかなわない。役者としてやりたいと思っていても、なかなか“モノ”がないんですよね。今まで、新しいハード・ボイルド小説が出るたびに期待感を持って読んでましたし、北方さんのも第一作から読んでました。『逢うには、遠すぎる』は、ロサンジェルスとニューヨークが舞台になっていて、外国を背景にしたハード・ボイルドを狙いたいので映画化を決めたんです。

北方さんは話してみると、映画が好きな人なんですね。原作も映像を感じさせるし、ダイアログも「あっ、台詞だなぁー」って感じますからね。北方さんからは「原作を渡した後は、どう料理しても構わない。映像と小説は違うものだから」と言ってもらいましたので、人物設定・場所は小説と異なるところもあります。“映像は小説を越えられるか”ということで、北方さんと勝負することになりますね。

ぼくはハード・ボイルドというのは、ただ暴力的なアクションだけではないと思ってます。底流にあるのは、いわば男のロマンチシズム、もっとつっこんで言えばセンチメンタリズムということですか。北方さんも同意見で、北方さんとはいい出逢いをしたと感じています。北方さんには役者として出演もしてもらうつもりです。

監督は杉村六郎さんと共同です。役者として出る部分が多いので、すべてを客観的に見るのは難しいですよ。前に、TV映画ですが、「非情のライセンス」を監督した時(*第91話「やさしい兇悪」も、それを感じたんですね。現場では役者としての自分が出て、どうしても全体に目が届かない。その点、もう一人いて現場で指図してくれると助かるんですよ。六さんはぼくのTV映画「雲霧仁左衛門」で監督昇進した人で、気心が知れてますから、安心してます。

ロサンジェルスというと、皆さん、例の三浦事件と結びつけたがるんですが、別に関係はありません。もっとも、ロス市警のアジア特捜隊長ジミー佐古田とは友だちなので、彼が本のキャンペーンで来日した時には会いましたし、彼に頼んでロス市警の協力をいろいろあおぐつもりです。彼とそれから、現職刑事の二、三人には出演してもらおうと思ってます。(談)

*右向きの上半身像(LP「旅路」のジャケ表紙と同じ写真)つき。

【執筆者紹介欄より引用】
天知茂
俳優。昨年製作した「狼男とさむらい」は、一部の台詞や音楽の手直しをし、日本公開にむけて準備中。

*キノシタ映画というのは、天っちゃんの故郷・名古屋唯一の映画製作会社のようだ。

*諸事情(詳しくは知らないが)で実現しなかった企画だけに、当時の彼の並々ならぬ熱意に切ない気分になる。小説を越えられる映像ができたかどうか、見てみたかった。

(2007年2月12日)
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