小道具としての煙草週刊文春 : 1985(S60)4月18日号:54歳
けむりばなし(2) 天知茂
小道具としての煙草
芝居の上での小道具の一つとして、煙草を使うようになったのはかなり古くからだが、それは今も変りはない。
昨年亡くなった長谷川一夫先生は、その小道具を最も有効的に使いこなした俳優の一人であった。何気ない小道具の一つが、先生の手にかかると、それ自体がまるで生き物のように喜びや悲しみを観客に直線的に与えてしまう。煙管の持ち方、煙草盆の扱い方、火のつけ方、等々……。
現代では煙管で煙草を吸うという習慣は殆ど皆無に等しい。紙巻煙草……シガレットの時代だ。しかし煙管とは又違った人間の生活がそこに生まれ、我々の演技の上でも小道具として多く使われる。
やはり亡くなったが、アメリカの俳優、ハンフリー・ボガートの口にくわえた煙草のけむりにしかめた顔は、役柄にふさわしい表情を見せていた。そして煙草の持ち方……。人差し指と中指の間にはさむのが、もっとも普通の持ち方だが、ボガートは親指と人差し指の先で、つまむような形で持つことが多かった。それが又、トレンチコートと共に最もよく似合った。彼のトレードマークとも云える魅力の一つとなっていた。そう云えば彼の時代には今のようなフィルター付きはなく、両切りの煙草だった。両切りは時として煙草の中身がはみ出して口に入ることもあった。そんな時、軽く唇から吐き出す仕草も彼らしかった。私はボガートほど煙草を演技の小道具として巧みに使った俳優はいないと思う。
私も俳優になりたての、まだまだ役らしい役も付かなかった頃、さかんに鏡の前でボガートを気取ったものだった。今、私の演技の中に、そんなボガートが生きている。(俳優)
*敬愛する2人の役者さんを語るエッセイ第二弾。ボギーの「口にくわえた煙草のけむりにしかめた顔」はたしかにガッチリ踏襲していたように思う(トレンチも)
(2006年10月18日:資料提供・naveraさま)