冷酷な殺し屋・天知茂110番シリーズ 事件と推理 : 1963(S38)3月:32歳
硬派スター銘々伝 8
冷酷な殺し屋・天知茂
天知茂の株がこのところうなぎ昇りである。まさに一陽来復の感だが、彼の魅力の秘密を探ってみよう。
大映の時代劇が最近グッと充実してきた。去年、東宝の『椿三十郎』にナデ斬りにされて、すっかりガタのきた時代劇のメッカ京都が活気を取り戻しつつあるのは、日本映画界のために喜ぶべき現象だ。
「それというのも、やはり役者が揃ってきたからですよ」
時代劇スターの八割がたが東映に集中したため、大映のものはコマ不足を露呈し、厚みとかコクに欠けていた。
「城健二朗(*健三朗?)と天知茂の加入が大きなプラスになりましたねえ」
これまで弊害となっていた重役スター長谷川一夫作品の偏重ということがなくなったし、勝新太郎が急速にノシ上がったしと条件はほかにもあるが、とにかくこの二人がきてから面白くなったのはたしかだ。
「城はもともと時代劇スターだから当たり前だが、天知が安定した力を出しているのは特筆すべきでしょうね」
彼は時代劇にもときおり出たことはあるけれども、どちらかといえば現代劇のスターだった。
「それが雷蔵や勝なんかを向こうにまわして毫もヒケをとらないんですからねえ、大したものですよ」
大映ではテレビで好評だった『新撰組始末記』を映画化して、正月に出したが、城の近藤勇、天知の土方歳三、ともに立派な出来だった。
「天知の土方はいかにも策謀家らしくて、これまで映画に現れた土方としては最高の部類に属するでしょう」
目的のためには同志をも消す、冷酷非情な土方の人間像を鮮やかに出していた。
「彼はいまや大映随一のカタキ役として、その地位を完全に築きましたね」
勝新太郎の当たり役となった『座頭市物語』で、平手造酒を演じたのが好評で大映入りした。
「天知のニヒルな持ち味は貴重ですよ。これが彼の演技を陰影の濃いものにしているんです。平手造酒に彼を起用したのは、さすが大映もいい線いってますよ」
以来『長脇差忠臣蔵』『剣に賭ける』『青葉城の鬼』『陽気な殿様』『抜打ち鴉』と、ほとんどがニヒルの剣鬼、殺し屋浪人といった役。
「いささか役柄が固定してますけど、天知をそのように毎度使わなければならないところが大映の弱みであり、また反面、それだけ彼が頼りにされているということにもなるでしょう」
なにせ戦後派の時代劇スターで、彼ほどスゴみのきくのはちょっと見当たらない。当分はカタキ役オンリーが続きそうだ。
「もと新東宝のスターがあちこちで重用されていますが、天知も一陽来復てぇところでしょう」
新東宝はいわばマイナー・リーグだったから、一応メジャー・リーグ級の大映でレギュラーで活躍しているのは、大幅な昇格と見ていいわけだ。
「新東宝時代はずいぶん悪名をとどろかせましたからねえ」
ギャング、殺し屋を一手に引き受け、いまを時めく丹波哲郎と並んで、新東宝の代表的悪役だった。
「そもそも彼のデビューが、カービン銃ギャングの大津をモデルにした『恐怖のカービン銃』だったんですからね。ま、“生まれながらのギャングスター”ってわけですよ」
それからは冷酷無残な悪役に専念、どす黒いムードをスクリーンにふりまいてきた。殺した相手を見下して冷笑を浮かべるあたりゾーッとさせたものである。新東宝の作品はレベルが低く見られたので、だいぶ損をしたが、天知の虚無的なマスクと、スゴみのある個性は、殺し屋スターとして屈指の存在だった。
「しかしまるっきりの硬派というもんじゃなく、『湯島の白梅』などじゃ二枚目の主税をやってますよ」
『東支那海の女傑』でも、高倉みゆきの相手役で二枚目どころの海軍士官になったが、どうも二枚目はテレくさそうに見えた。
「彼はやはりまっとうな二枚目よりは、色ガタキなんかの方がずっとイカシますよ。女にビンタの二、三発もくれて強引にモノにしてしまうなんてのは、実にカッコよかった。ま、ちょっとした眠狂四郎バリでしたね」
彼は同じ悪役でも、「職業的ギャングでなく、平凡な人間の悪をやりたい」といっていただけに、ギャングスターからだんだん性格俳優に成長、新東宝では“演技派”と目されるようになった。
「あれで二枚目的なコミカルな演技もやりますからね、なかなか器用な役者ですよ」
いま東映ギャング路線の中核である石井輝男監督が、新東宝時代に発表していた“地帯シリーズ”の常連だったが、最後の『火線地帯』では、ちょうど宍戸錠みたいな憎めない殺し屋になり、意外と達者なところを披露している。
「拳銃をクルクルッともてあそぶガン・スピンなんかもうまいものだし、うまく使えば悪役じゃなしに、アクションもののヒーローで立派に通用しましたよ」
せっかく“南郷次郎探偵帖シリーズ”が生まれたが、新東宝の解散で一本きりで終わってしまった。
「この南郷次郎っていうのは、探偵もどきの活躍をする腕利きの弁護士で、酒と女が好きなのが玉にキズというしたたか者。天知のガラに合ったものでしたがねえ……」
新東宝が野垂れ死にしてからはテレビに転じたが、ミステリー・ブームのおりから“黒岩重吾シリーズ”などに起用され、結構売れっ子になった。
「丹波哲郎が例の『トップ屋』で一気にノシ上げ、映画界にカムバックしたみたいに天知もいけそうな気がしましたよ。この二人はどこかで共通点がありますね」
ただ丹波ほどハッタリがきかない。『座頭市物語』に出たときも、「これを機会に大映と契約できるといいんですが……」なんてわりかし弱気なことをいっている。
「彼は映画でやる人間とはまったく違う好青年ですよ。第一、酒は一滴も飲めないときてるんだから……」
天知茂が下戸とは、およそイメージとかけ離れた悪党らしならぬ悪役スターだ。
「ふだんも真面目で浮いた噂も聞きませんね」
新東宝でニューフェイスだった森悠子さんと結婚して家庭円満という。
「だけどあの『女吸血鬼』なんかでやった彼の変質者みたいな演技はどこから出るんでしょうねえ」
新東宝十八番の肉体もので、三原葉子や万里昌代らグラマーに襲いかかるときの、舌なめずりせんばかりの表情は真に迫っている。蛇のようなネチッコさと陰湿な感じは、元来淡白な日本人には珍しいといえよう。
「もっともそういった強いキャラクターが認められたからこそ、ギャング専門のバイプレイヤーから主演級スターにまでなったのでしょうけれども……」
彼も「別にカタキ役をはじめから志望したってわけじゃないんですけど、いつの間にかこんなことになってしまって……」
と新東宝のころを苦笑しながら語っていたが、とにかく年間十五、六本も出てほとんど最後は殺されるうえ、「天知って薄っ気味の悪いヤローだ」などとファンからたえず憎まれどおしだったんだからワリが合わない。
「天知は新東宝の第一期スターレットですからねえ、もっと早く名が出てもよかったはずですが、立ち遅れというやつですかねえ」
久保菜穂子、宇治みさ子、高島忠夫、小笠原弘らとともに新東宝生え抜きだった。夫人の森悠子も同じ仲間。
「天知茂って芸名は、当時中日監督天知俊一氏と巨人の水原茂監督、二人の名前をモンタージュしたのだそうです」
彼の家が名古屋というところから生まれたものだが、
「立派な名前ですが、いささか名前負けしているといったところです」
なんていっていたんだから、まったく見かけによらずおとなしい。
「いまの活躍ぶりならもう名前負けしない堂々たるものですよ」
現代劇、時代劇と一貫して冷酷な殺し屋を得意とする天知だが、彼の存在は得がたいもの。もっと自信をもって、悪に徹してもらいたい。(おさだ・あきら)
*カストリ雑誌とでもいうのか、変死体写真なんかが載っている怪しげな雑誌にあった天っちゃん紹介記事。かなり褒められてはいるものの、見かけによらず弱気なところも暴露されていてなんだか微笑ましい。実は丹波さんも下戸らしいのに、ハッタリというのは恐ろしいものである。
(2009年01月16日)