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狼男、日本に現われるキネマ旬報 NO.863 : 1983(S58)6月下旬号:51歳
「狼男とさむらい」
狼男、日本に現われる
インタビュー・撮影ルポ

北島明弘

日本とスペインの初めての合作映画が製作されている。「狼男とさむらい」(La Bestia y Los Samrais)というホラー時代劇がそれで、監督・主演がスペインのポール・ナッチー、日本からは天知茂、朝比奈順子、藤陽子らが出演している。スペインから総勢9名が来日、4月29日から東京・成城の三船プロで撮影に入り、5月21日に終了。残りの1/3はスペインで撮影されることになっている。

ポール・ナッチーは、知る人ぞ知るスペイン一の怪奇俳優。なかでも狼男を得意にしていることで有名だ。本名をハシント・モリーナといい、監督の時は本名でクレジットされている。68年の“La marca del Hombre Lobo”(「吸血鬼ドラキュラ対狼男」という題で、TV放映済)で、狼男ワルデマー・ダニンスキーを演じて人気を確立。以後、狼男映画を始めとして多くの怪奇映画に出演した。

残念なことに、日本の劇場では彼の映画は一本も公開されていないが、TVで数本が放映されている。それらを制作年代順に列記すると、68年「吸血鬼ドラキュラ対狼男」、70年「モンスターパニック怪奇作戦」(El Hombre que vino del Ummo)、72年「ヘルショック」(El Jorobado de la Morgue)、76年「女の館」(The Blue Eyes of the Broken Doll)、77年「デビルズ・ドッグ」(Exorcism)となる。

以上の他に、ホリ企画制作の記録映画「プラド美術館」を監督、テレビ朝日の「土曜ワイド劇場・第三の女」(天知茂主演)に出演したり、「ホワイト・ラブ」のスペイン・ロケに協力するなど、日本とは非常に関係の深い映画人である。ぼくは、昨年の夏、「第三の女」の撮影のために来日したナッチー氏と、天知茂主演の「東海道四谷怪談」を一緒に見たあと、ナッチー、天知の両氏に話を聞いている。その時のインタビューは、82年8月下旬号に掲載してあるので、あわせてお読みいただくと幸いである。

5月9日、三船芸術学院内のレストラン、スリー・シップスで、記者会見が開かれた。まずは、その時の発言からご紹介しよう。

最初は、この映画のために新しくアマチフィルム株式会社を設立した天知茂氏。

「6年ぐらい前に、プライヴェートな旅行で日本に来ていたナッチーと偶然なことから知り合い、数年前から一緒に映画を作ろうと話しあっていた。何度も企画を検討した結果、スペイン、そしてヨーロッパに通用する映画を作ろうということになり、アマチフィルムとスペインのアコニト・フィルムが共同で『狼男とさむらい』を制作することになった」

制作費は3億円で、双方が50%ずつ出資し、あがった利益は折半することになっているとのこと。完成した映画は、9月にスペインで公開されたあと、CICの配給でヨーロッパ、南米、アメリカなどで上映される予定という。南米は殆どスペイン語圏だから、昔からスペイン映画は強い。また、アメリカには、怪奇映画のファンが多いから、興行的な期待は大いにもてそうである。日本での上映は未定だが、スペインで封切った後、公開方法を考えるつもりだそうだ。

次に、ナッチー氏が、
「スペインと日本、しきたりの違いはあるが、それを乗り越えていい映画を作る努力を惜しまないつもりだ。監督と主演の一人二役は何度もやって来ているので、苦労は感じていない。無論、言葉の面では不便なことはあるけど、皆協力してくれるので、きっといい映画ができると確信している」と挨拶した。

ここで、「狼男とさむらい」の簡単なストーリーを書いておこう。

魔女によって祖先にかけられた呪いのため、自分は何の罪もないのに狼男となったワルデマー・ダニンスキー(ポール・ナッチー)。ユダヤ人学者の娘エステル(ヴィオレタ・セラ)の紹介で、蘭法医貴庵(天知茂)の治療を受けるべく、天正時代の日本にやってくる。貴庵はいろいろ手をつくすが、効果はない。この呪いは、彼を心から愛する女性が、銀の刀で彼を刺さない限りとけないのだ。チベットの僧が使っていたという、この銀の刀、現在は妖術使い里美(朝比奈順子)のところにあった。貴庵はやっとのことで里美を倒して、銀の刀を入手。ラストは、貴庵の妹でダニンスキーと愛しあう仲になっていた茜(藤陽子)が、銀の刀でダニンスキーを刺し、呪いから解放する。

北条一族の末裔で、200年前に死亡し今は妖怪になっている里美役の朝比奈順子さんは、「ある意味で華麗、反面残酷な女の役なので、それをうまく表現できたら幸いだと思います。妖術を使わなければいけないので、なぎなたの稽古をしたりしてます」と発言。オーディションで選ばれて茜役に抜擢された藤陽子さんは、「この映画が役らしい役がついた初めての作品。皆さんが根気よく教えてくれて、お仕事のない日は淋しいくらい。ほんとにすばらしい体験をさせてもらってます」と語った。

記者会見から3日後の13日の2時から、改めて天知茂、朝比奈順子、藤陽子の3人にインタヴューした。

初めに、天知氏に「狼男とさむらい」の撮影が半分終わったところでの感想を聞いてみた。

「ナッチーには、これまで10本の狼男映画に主演したという実績があるわけで、そのパターンを踏まえた上でのプラスαとして、日本ロケがあるわけです。これまで狼男が対決したのは、フランケンシュタインの怪物だったり、吸血鬼ドラキュラだったんですが、今回は日本の妖怪――朝比奈くんがやる妖術使いなわけです。もっとも、狼男と直接対決するんじゃなくて、ぼくの扮する貴庵と対決するんですが。この対決シーンは、歌舞伎をうまく取り入れてやってみようと思ってます。ナッチーには前から言ってあるんですが、歌舞伎を一つの様式美とみて、恐さだけではなくて美しさみたいなものも出したいんですね。『東海道四谷怪談』を前に見せておいたから、理解させるのは楽じゃないかなとは思うんですが」

朝比奈さんにとって、この「狼男とさむらい」が12本目の映画出演になるという。時代劇は初めてかと思ったら、
「そうでもないんです。昨年、泉谷しげるさんと舞台で『好色一代男』を演じて以来、時代劇づいてんですよ。最近はTVの『時代劇スペシャル』とか、『必殺仕事人』なんかに出てます。私のやる里美は200年前に滅ぼされた北条一族のお姫様で、狼男を悪に利用しようとして牢にとじこめてほくそえんでるんです。いってみれば、『魔界転生』と『夜叉ヶ池』の玉三郎さんが一緒になったような役なんです。立ち回りがあるんですが、踊り的な要素が多く、踊りの特訓もしたんですよ、一応は」

茜役の藤さんは、この「狼男とさむらい」で本格的にデビューする新人女優である。略歴を紹介すると――本名・富田雅美、昭和34年6月10日生まれ。青山学院大英米文学科を中退して、宝田芸術学院の一期生となる。

「私は直前になって決まったんです。夜の3時頃まで台本を読んで、もう出来るかなぁーと不安に思ったりしました。(やり方を)5通りくらい自分で考えて、現場にくると全然違うんです。映画ってこういうもんなのかなぁーという感じ。そうすると、覚えて来た台詞も、かーとなってどっかに飛んでいっちゃう。スタッフの方は間を取ってるのかなと思われてたらしいんですが、私は台詞を忘れて、あせったりして……」

役者を30年やって来たという天知氏が、キャリアに裏打ちされた演技論、映画論を吐露。成程とうなずきたくなるような指摘がいくつもあったのだが、なかでも興味深かったのは、「役者は目だ」という言葉だった。思わず、朝比奈さんの目を覗き込み、「そんなに見ないで下さいよ」と言われてしまった。

インタヴューを終えると、オープン・セットで撮影しているところを見学することにした。今日は出番のない朝比奈、藤のお二人も一緒だ。

その時、やっていたのは、ダニンスキーが初めて狼男となり、女郎屋で暴れ廻るというシーン。最初はナッチーの代役をつとめる森下明氏が演じ、ついでナッチー本人がやるという段取りになっていた。狼男といえば、満月の夜、体毛がざわざわとたってきて爪、手、顔が変身してゆくところが、最大の見せ場。ところがこの変身シーンは、メイキャップなどが大変なのでスペインで撮影するとのこと。年来の狼男映画ファンとしては、そこが見たかっただけに、ちょっと残念。日本では、変身し終わった場面からということになる。けばだった上着(?)に、コーデュロイのパンツとブーツ。上下とも黒で統一し、その上にゆかたをはおって現れたナッチー氏、女郎屋のセットにゆくと、助監督のマルティン、カメラマンのフリオらと打ち合わせを始めた。やがて、ディレクターズ・チェアに腰を降ろしたナッチーの顔を、メイキャップ師が狼男へと変貌させてゆく。メイキャップ師は、フェルナンドとローラという夫婦で、この道何十年というヴェテラン、特に狼男のような特殊なものを得意にしているという。最近の恐怖映画界では、リック・ベイカー、ダグ・ベスウィック、ロブ・ボウティーン、トム・サヴィニ、カール・フラートン……といったグロテスクなまでの変身メイキャップを売り物にした人々が多く、スター的な存在にすらなっている。というわけで、多大な興味を持って見ていると、顔の下半分は自前の髭をベースにして人工のものをプラス、そして頭にマスクをかぶるという手順であった。それからが大変で、頭髪や髭を何度も何度も直すのである。これが撮影のたびに繰り返されるわけで、狼男というのは大変なんだなぁーと実感。さらに、爪が長く鋭くのび毛がぼうぼうになっている手袋(?)をして、狼男のできあがり。

撮影はまず、ライティング、カメラの位置その他がきまると、テスト、本番ということになる。「テスト」「本番」、ともに日本語の発音でマルティンが叫ぶ。まず、「プレ・パラドス」(よーい、準備)という声がかかり、つづく「モトール」(=モーター)でカメラが廻り始め、「アクシォン」の声で演技が始まる。「コルタ」(カット)でカメラが止まり、「ヴァレー」(OK)となると一同ほっとする。

編集はスペインで行なわれるので、撮影もすべて、欧米方式で進行している。即ち、同じショットをいろんな角度から撮っておき、後でそのなかから取捨選択して編集するという方式である。日本では撮影段階で、どのような構図のショットを使うかがわかっているから、ロングならロング、アップならアップの演技をするのだが、この方式だとまったく同じ演技を繰り返さなくてはならない。

「とまどいはないけど、一つの台詞からなかなか解放されないんですよね」と朝比奈さん。

この女郎屋のシーンが終わると、1時間休憩となり、一同は食券を手にスリー・シップスに行き夕食を取る。40〜50分後にセットにもどると、フェルナンドとローラが、日本人の俳優にメイキャップをほどこしていた。狼男に殴られて皮膚が露出したという設定で、傷(特殊な物質で作られており、それを肌に付着させる)に真っ赤な血糊をたらしている。周りの人々が、それを気味悪そうに見ていた。メイキャップされた一人に聞いてみると、別に何とも感じないが、ただ変な臭いがするとのこと。

次に、女郎屋に貴庵が来て、狼男にやられた人々を発見するシーンを撮り、ついで女郎屋の2階で、女郎と侍が同衾しているところに狼男が闖入してくるシーンを撮影。同じ頃、数十メートル向こうでは、TV「大江戸捜査網」の撮影が行なわれていて、向こうで「本番」と声がかかると、「大江戸、本番でーす」と順ぐりに伝わって来て、一同しーんとなる。こちらが本番の時は、これが逆になるという仕組み。この頃になると、夜もふけて寒くなってきた。今度は狼男が歯をむき出して威嚇するショット。時間にして、ほんの数秒のこのショットの準備に1時間以上もかかり、つくづく映画作りの大変なことを思い知らされた。大変といえば、エキストラの3人さん、12時間近くも待たされたあげく、やっと夜の10時すぎに出番が来たと思ったら、障子に写る影で数秒間の出演。なかの一人が、「褌も新しいのをしめて来たのに。これだけか!」と言った時は失礼ながら、噴き出してしまった。10時45分にスタッフ・ルームで夜食のうどんを食べる。まだ、貴庵と狼男が初めて対面するショットが残っていたが、くたくたに疲れていたので、11時に三船プロを後にした。

翌14日の10時半、再び三船プロに。本日は、里美がダニンスキーを鎖で縛りつけ、鞭打つシーンの撮影のはずなのだが、誰もいない。運よく武田益良男プロデューサー(スペイン在住で、アコニト・フィルム社長)に出会い、「昨晩2時までかかったので、1時に変更になったんです。スペインの人も大変ですよ。いつも、一日4〜5時間しか仕事しないのに、毎日、夜遅くまでですからね」といわれた。

1時すぎにもどると、数十人のスタッフが、いろんな準備をしている。今度のセットは、岩穴の牢といった感じで、奥には問題の銀の刀がおかれ、真ん中に赤いスケスケの衣裳(!?)を着た里美が立っている。彼女の前には、斜めに板がたてかけられていて、そこに狼男が縛られているという構図。マルティン助監督、そして殺陣師がいろいろ鞭の振り上げ方から身体の角度まで指導し、何度もリハーサルをやったあと、いよいよ本番。「プレ・パラドス」「モトール」「アクシォン」となり、その途中で、ぼくがフラッシュを使って写真を撮ったので、NGに。あとで数人のスタッフに叱られて恐縮。「昔の東映なら、上からライトが落ちてきた」とおどされもした。やっと、「ヴァレー」という声がかかると、次はクロース・アップ・ショットの撮影。

時折り、岩壁に水を噴霧している。この岩壁、実は金属製でいかにも岩らしくしわがつけられていた。これに水がかかると、より岩らしく見える。肉眼でもそうだから、カメラを通してみると、岩そっくりに見えるのだろう。

夕食で一度中断して、再びセットへもどる。疲れをまた感じる。一つには、皆が映画製作のために力を合わせているのに、ぼく一人が部外者であるという意識からであろう。森下さんが、「疲れるでしょう」と声をかけて来た。「ええ」というと、「それが毎日ですよ」という答えがかえってきた。いい映画ができることをねがいつつセットを去った。

【写真キャプション】
・左からナッチー監督、天知氏、フリオ・カメラマン(貴庵姿の天っちゃんが、半そでシャツにズボン姿のナッチー氏になにやら指差しながら語っているの図。通訳らしい人が見当たらないのだが、彼らは何語で語らっているのだろう)
・藤さんと狼男(普段着の藤さんと、メーキャップ完成後の狼男のツーショット)
・セットに向かう朝比奈さん(台本を小脇にはさんだ妖術使い・里美)
・狼男、ゴジラみたい(毛で覆われた上半身を露わにしている狼男。ただ、キャスケットを被っているので、ゴジラというよりは毛深い牛乳配達屋さんみたいな雰囲気)
・狼男の手(もじゃもじゃ手袋がパイプ椅子の上に)
・メーキャップをしているところ(メーキャップ師夫妻がふたり掛かりで狼男を毛づくろい中)

*なんでもないシーンでも、えらく時間をかけて撮っていたんだなあ(コレは深夜2時頃の睨みだったのか→「狼男とサムライ」感想参照
*どういう勘違いか、私はずっと茜役が朝比奈順子さんだと信じ込んでいた。
*天っちゃんとナッチーを引き合わせたのはフラメンコ・ダンサー(「孤独の賭け」で知り合い、「第三の女」にも出演していた)ラ・ポーチャさんらしい。

(2007年4月20日)
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